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料理長ナーグ・ポラフ

砦で働くのは全て兵士であり、民間人は含まれない。

調理場も兵士が交代制で担っており、

料理長であるナーグ・ポラフも、厨房に入ったのは砦に配属されてから。


いや、厨房に入る前に、魔獣の森に入らされた。

料理担当者の仕事内容は肉の調達も含まれていたのだ。


「そうそう、洞窟の中に獣の巣がありそうだって仲間たちと突入したら、昆虫系の魔獣の罠で。触手に襲われたって話をメイちゃんに俺がしたんだわ」


「昆虫ではなく、水棲植物ですね。洞窟奥にある池の中から、半透明の葉を伸ばし、獲物を粘液で絡め取って捕食するので、食虫植物に分類されるのかな?ま、なんにせよ、そちらからヒントを得た新作です!」


どうですか?久しぶりの触手の感覚、懐かしいですか?


ナーグは今、右手は魔方陣に触れたまま、足の力が抜けて座り込んでいる。

右手の指から始まった「身に覚えがある透明な何かが絡まり這い登る感触」は、右腕、喉、左肩を通過して左腕全体に巻きつきを完了し、脈動を始めた。


「名付けて『留守番隊長パートのサリーさん』です!メイがお留守の時に、治療全般を行ってくれるのですよ!」


今回の場合だと、損傷した細胞を粘膜で吸収すると同時に、目に見えないほどの小さな繊維質の針でメイの魔力を患部に注入し、細胞を無理矢理に再生させている。


「おぅ、ほらほら、透明だから肌が綺麗になってる瞬間が見られます」


ナーグと一緒に座りながら、熱心に観察するメイ。しかし両手はしゃがんだ膝の上にきっちりと置き、触りたくなさそうである。


「痛くないでしょ?」


自信満々で、褒めて欲しげなメイ。

尻尾があったら左右に揺れ出しそうだ。


「痛くはない。痛くはないんだが、感触がだな。うわぁぁ」


再生途中の肌でも鳥肌は立つらしいと感心するメイ。

別に発動さえ確認できれば、最後まで見守る必要はないけれど、

保健室の扉を背にしている為、魔方陣から手を離せないナーグが囲いとなって出られないのだ。


あとナーグが色っぽい。


右肩に顔を押し付けて唇を噛み締める横顔は苦しげに歪み、

額から流れた汗は、アゴを伝い、喉にに浮き上がった血管をつたう。

力を込めて耐える肌がしっとりと汗で濡れ、


「んっ、くっ」


漏れる息すら、エロい。


(ナーグさんは男の人なのに、ずるいなぁ)


色気の欠片も無い自覚があるので、

今後の参考にゆっくりじっくり観察したい所だが、残念ながら時間だ。


「ナーグさん、ナーグさん。終わりましたよ」


魔方陣がほのかに点滅し、両腕の拘束が外れた。


「…メイちゃん、いつもの魔方陣と、違いすぎ…気持ち悪いよコレ」

「あれ?ちょっと待って下さい!」


そんなはずは無いと、立ち上がって看板の魔方陣を見直す。


「構成式は合ってますよ?痛覚を麻痺させる分泌液の組成も大丈夫だし。感触が冷たいのは熱を吸い取る反応だしなぁ。気持ちが良くなる成分足りない?」

「待って。何その気持ち良くなる成分」

「リラックス効果の出るお薬みたいな感じ?」

「疑問系なの?」

「メイの魔力は全属性に当てはまるので、浴びると気持ちいいと妖精さんが」


「浴びると、だろ?血管にダイレクトに注ぐのは違うでしょ。ん?メイの魔力?てことは、代償は取らないの?」

「はぁ。そりゃもちろん。不在でご迷惑をおかけしますから。時間も倍かかって、治療も完璧ではないですし?」


ほれほれと左手の指された箇所を見ると、火傷のあった場所の肌が少々突っ張り、肌の色が違う。

ほれほれ、握手ですと言われてすると、指先が震えて力が入りずらい。


なるほど完璧ではない。が、十分ではないか?


「ん~でも砦でのお仕事は危険なものが多いから、皆さんには万全な体調でいて欲しいのですよ」


むにゃむにゃと何かを唱えながらナーグの手を撫でるメイ。


ナーグの頭にも、何カ所か「治療の代償」がある。決して弱くはないつもりだったが、仲間や環境に慣れるまでは多くの傷を負った。

足を魔獣に噛まれた時は、死を覚悟もした。


今日の怪我も、後輩を庇って負ったものだ。


なんとなく、手持ち無沙汰な右手でメイの頭を撫でるナーグ。


「魔法陣がぶれます!じっとして下さい!」

「ん」


どうやら追加で点検?をしているらしい。

手をメイの頭に置いたまま、ふとメイは大丈夫なのか気になった。

魔力が多いとは聞いているが、使いすぎて体調を壊さないのだろうか?


「大丈夫です。逆に使わないと溢れたり漏れたりするので」

「そうか。そういや代償って、頭髪限定?」

「いえ、血液でも相性の良い魔法陣出来ますよ。でも切ると痛いし、血が薄くなると困りますからね」


女性は血に慣れてるからと自分で手を切って提供するらしい。

そういえば、女性兵士達がハゲを作ったとの話は聞かない。


ナーグはメイの仕事に対する真摯な態度を気に入っていたし、髪の一部だけで王都でも受けられないような高度の治療に感謝していたので、

髪なら合理的だと納得した。


「はい!もう大丈夫ですよ!」


何より、この笑顔だ。


「ありがとよ、メイちゃん。俺仕事頑張れるわ」


「お大事に!ですよ!」


手を振り、ポニーテールを振り振り、

行ってきまぁすと廊下を去るメイに

ナーグは力の戻った手で振り返す。


…アヒルみたいだなぁ。


メイはお胸も大きいが、尻もなかなか。

腰もくびれており、白衣がよく似合うはずの体型…には背が足りないせいか

ナーグの目には黒い帽子をかぶったアヒルにしか見えない。


とても好ましいアヒルである。


「さて、と。俺も訓練に戻りますかね」


ナーグに庇われて、怪我をせずに済んだのに死にそうな顔をしていた後輩に、蘇った腕を見せてやらないと。


機嫌良く持ち場に戻ったナーグは、

同僚達に囲まれて髪を探られた。

左腕の代償はどれぐらいかかったか聞かれ、今回の治療は留守番の魔法陣が行ったので代償は必要なかったと素直に答えた。


「本当か!?」「俺の髪は守られるのか!?」「俺実は下痢気味で」「俺は実は鎖骨折れてて」


押し合いへし合い、団子状になって飛び出して行ってしまった同僚達。

焼け爛れていた左腕がどうなったのか治療を確かめる者は一人もいなかった。

(それだけメイちゃんの治療は信頼されてるってことか。すごいねぇ)

いや、ナーグの腕を確かめる者は一人だけ残っていた。


「ナーグさん、あの、申し訳ありませんでした!俺、腰が抜けて、助けてもらったのに、俺」


震える声でナーグの左手から目を離さないのは、今朝ナーグが庇った後輩。

魔獣の森に入った直後、恐怖心から駆け出してしまった。

彼も決して弱い兵士ではない。王都では盗賊団を相手に何度も戦った経験があると聞いている。


「あぁ、大丈夫。ほらな」


ナーグは左手で後輩の顔面を掴み、みしみしと力を込めた。


「痛いっ痛いです先輩!」

「俺はもっとも~っと痛かったぞ~」


手の隙間から暴れて逃げようとする後輩が笑っているのが見えた。


うん。いいね。


「メイちゃんに感謝しろよ」

「はいっ!」


元気良く答える後輩に、ナーグはにっと笑い、心地良く職場に戻った。



後輩は後輩で、心の中でもう一度メイに感謝する。



_先輩、腕、腕がっ、

_隊列に戻れっ、大声を出すな

_ナーグッ、無茶だ歩くな馬を連れて来るから

_いらん。砦は近い。警戒を解くなこのまま後退する。

_右を貸せ、担いで帰るっ

_歩きずらいだけだ。前列、上の警戒を忘れるなっ

_先輩、俺、俺は

_傷はメイが治す。大丈夫だ。


初めての魔獣の森。

領地で狩猟の経験があった青年は、12人の男が徒歩で森に入ると聞き、耳を疑った。

犬を放ち、馬で追うのが狩りだろう?

狩人を雇う金も砦にはないのか?と。


何もかもが敵だった。


見たこともない大木が空を覆い尽くし、木漏れ日すら届かない昏い森。

霧が深くたちこめ、自分の三人前が見えない。

松明を持つ手が我知らず震えた。

わずかな明かりに照らされるのは、泥と腐った葉、奇妙な形をした小動物の骨、異様に関節の多い昆虫。

遠近感を狂わせる、女の悲鳴に似た鳥の鳴き声。


自分がいつ飛び出してしまったか記憶が無い。

どんな魔獣に襲われたのか、目を閉じてしまっては、わかるわけがない。

顔を殴られてやっと視界が戻った…。


メイちゃん、

先輩を治してくれてありがとう。


_傷はメイが治す。


あの一言で、足に力が戻った。

失敗した、何もかもが終わりだと閉じかけた目を、開くことができたのだ。


それとメイちゃん、先輩の髪を守ってくれてありがとう!!ほんとにありがとう!!


ナーグ・ポラフは、髪に執着しない男である。メイの治療を経験した同僚達が、代償を払った箇所を巧妙に髪を結って隠す中、ナーグは無造作に束ねるのみ。


後輩は、ナーグより頭一つ背が高かった。


もし、自分の為にナーグが地肌を露わにするような事になっていたら。

例え火傷が治っていても、代償跡を毎日目にしてしまい、心労で倒れていただろう。


メイちゃんに心の底からの感謝を。



新人君が涙を浮かべて祈りを捧げているなんてことを知らないメイは、

お尻ふりふり、ガアガアと。

いやトコトコと砦の中にある、秘密の場所を目指して歩くのだ。



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