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配属された青年リュード

リュード・エリアス

サライラス砦での勤務を命ずる



突然の任務変更に、リュードは激怒した。

軍属が年に三ヶ月、サライラス砦での勤務を命じられたことは知っている。

だが、俺は近衛兵だぞ?

王家の身辺を守るべき近衛兵が、都から離れて辺境へ行けだと?


「よぅリュード、サライラス砦の件、聞いたぞ。怪我すんなよ」

「リュード、お前の家貴族だろ?持てるだけ薬は持参しろ」


「うるさい!まだ決まっていない!」


下品な同僚たちのからかいにも腹が立つ。そうだよ貴族だお前らと違う。

だがそのお貴族さまであるのに、父親の身分が低い為に、王家の警護とは名ばかりの王宮の門番でしかない。

今は、だ。


自分は高みを目指すべき存在だ。

今は卑しい身分のバカ共と仕事をさせられているが、それは自分の実力を見い出せない上司が悪い。

そうだ、あの無能な上司が間違えた可能性がある。

ここはひとつ、教えてやらねば。


「ん?人違い?んなわけあるかボケ」


…無能だけでなく、下品でもあったようだ。確か上司は高位貴族の出身であったが、長男ではなかった。

長男である自分と違って、まともな教育を受けていないのだ。話が通じないのも致し方無いであろう。


ここは、同じ貴族であり、高い教育を受けた者に相談すべきであろう。


上司に蹴られた腰をさすりながら、しばし悩む。


…相談、相談。


リュードは秋晴れの空を見上げた。

彼の瞳が濡れているように見えるのは、太陽が眩しかったから。

涙が浮かんだわけじゃない。


リュードは同世代との会話が少々苦手なだけだ。

自分の考えを述べるためになら勢い良く喋れる。異議を申し立てる、苦情を述べるのは得意である。


相手を否定するのは、楽だから。そうしてきた。

バカにするなと吠えていれば、相手が離れてくれた。


相談?できるわけがない。

対等な人間関係を築くやり方を知らないのだから。



一週間後、リュード・エリアスはサライラス砦に着任した。



「で、着任から二週間ですが、お友達はまだできないと」

「対等な人間関係を築くのにふさわしい相手を見定めている途中だ」


リュード・エリアス。

着任一日目から保健室を訪れた男。

今日も姿勢正しく椅子に腰をかけ、

太ももの半ばあたりに拳を置いてメイの「診察」を受けている。


いや、診察ではない。

この男には元から怪我一つ無い。


やる気が起きないメイは、保健室のソファでクッションを抱っこしながら

リュードが入れた茶をすすっている。


「メイ、お前は保険医だろう。患者の心の健康を担う立場にある者として、

効果的な治療を施すべきじゃないのか」

「リュードさん、ちょっと魔獣の森で裸足でランニングして来て下さいよ」

「メイ、我々兵士の給料は国民の税金で払われている。武器を持たずに森へ出て、万一装備を失いでもすれば」

「うわぁ〜始まったぁ〜」


実は初日からこの調子。

そもそもこの男、保健室前の張り紙を見て、料金を請求するならば具体的な金額を明記すべきだとメイを叱りつけたのが出会いだ。


メイは暫し呆気に取られていたが、


「…えっと、暇ならお茶菓子ありますけど?」

「…いただこう」


当初は何をそんなに怒っているのか、さっぱりわからなかった。

日本生まれ、ぼんやり育ちのメイに、貴族社会の身分差、義務やら矜恃がわかるはずもない。


「え?王様の部屋の前にある鎧って、中身人間なんですか?」

「はぁ?!」

「動かないから中身は空っぽかと」

「そこからか!」


初日は怒鳴り散らして帰ったリュードだが、翌日は茶を持参して来た。

「客を持てなすのに安物の茶葉を使う神経がわからん!」

「渋めで砂糖たっぷり入れて下さい」


三日目は、どこから調達したのか花瓶と花束を持参した。

「この保健室は評判が悪いぞ!元患者が怯えていたではないか!」

「わぁ妖精さん大喜び。そして次の患者さんに大張り切りの予感〜」


メイは途中から、リュードは声の大きい人だと誤解していた節がある。

そしてまたリュードも、いくら怒鳴り散らしても、「今日の茶〜うまぁ〜」

ほわほわと笑うメイにいつしか毒気を完全に抜かれてしまった。


(一週間前のリュードさんに戻って欲しいなぁ)


すっかり角の取れたリュードは、無駄に優秀で、ただの真面目だった。


よく考えれば、砦では新兵扱い。過酷な訓練が課せられているはずなのに、

涼やかな顔で、傷一つ無く毎日保健室に訪れているのが、おかしい。

同時期に着任した兵士達は、怪我はもちろん、疲労で倒れる日々だというのに。


「ところでメイ、治療はまだしないのか。俺は準備はできているのだが」

「リュードさんは健康ですって」


いつ訪れても患者の姿が見えない保健室を、リュードは心配して、自らが患者だと言い張りだしたのだ。

しかも、メイの魔術の腕をどうやら疑っているので、練習台になるから自信を持てと励まされる始末。


「そうだリュードさん、一緒に魔獣の森に行きましょ!それが早い」

「軍属以外の国民は侵入禁止だ」

「だーかーらー」


和やかな時間。すっかり茶飲み友達になってしまっている二人。


リュードは知らない。

保健室に通う度に穏やかになる彼が皆に恐れられているなど。

「あいつ、一体何の代償を払ったんだ?」

「髪、ふさふさだよな」

「俺見たんだ。保健室から出る時、うっすら笑ってた」


人としてはちょっぴり成長したが、

代わりに何かを失ったリュード・エリアスが同性の友人を得る日は、だいぶ遠ざかったようであった。



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