お大事に
魔法陣が、妖精が、風が花びらが、
何の工夫も配慮もなく、兵士達にぶち当たった。
「痛っ、がっ、ちょっ!」
「やめっ、む、むりっ!」
文字だか記号だかわからない物が
次から次へと身体にぶつかる衝撃は、手足を縛られて滝壺に沈められているかのよう。
二人は床に押しつぶされながらも、意思と反して手や腕がねじられ、弾かれ、悲鳴をあげつづける。
裂けていた傷が閉じるまでは一瞬。
魔法陣の次にぶち当たったのは妖精達12名。手のひらサイズの彼らにメイが頼むお仕事内容は、点検と修復。
本来、ふわふわとしか浮かない半透明の存在は、メイの魔力で強化されていた。スピードを加速させた勢いのまま落下し、するりと兵士達の身体に潜り込む。
これがたまらない。
半透明の妖精達が、落下した場所からずぶずぶと溶けて、内側、身体の内部に入り込むのだ。
顔に落ちた妖精が、ニヤニヤ笑いながら自分の頬に沈んでゆくのを目で追うしかできない。
これ以上の悪夢があるだろうか。
そして痛みはなくとも、身体中を内側から小さな手で触られる異物感。
((もういやだぁぁぁ!!))
エドガー・フォルクス隊長は保健室の外、廊下から部下達がのたうち回るのを
冷静な目で観察していた。
…デタラメだ。
魔法陣は本来、地面、床に描くものであって、
空中に何個も浮かぶものではない。
一つの魔法陣を起動させる為には最低4人を必要とし、詠唱は長いもので5番まで続くはずだ。
妖精が12?ふざけている。文字通り、妖精がふざけて爆笑しながら兵士達の身体をすり抜けて、潜り込んで、治療らしきものをしているのだ。
_癒しの妖精はその美しき瞳からひと粒の涙を流し、光り輝く雫は傷ついた兵士を癒して_
俺が習った事は全部デタラメじゃねぇか。
エドガー・フォルクスの目から見ても致命傷であった兵士達の傷は血の跡どころか、縫合跡すら残っていない。
どこもかしこも。
血と泥にまみれていた服も、汚れひとつなく新品同様。
暴れて乱れていた髪すら、妖精達の丁寧な仕事により、
ぴっちり七三に撫でつけられている。
「えっとー。魔獣の毒は抜いたのでもう大丈夫ですよ。血が流れた分少し貧血があるかもしれないですね。水分取って下さい。胃の荒れは治ったので何食べても大丈夫です!」
よかったですね~と笑いながら、「血がいっぱい作れるお薬です」と右の兵士に握らせた。
「こちらも一緒ですが、腸が弱いですね。マッサージで大分ほぐしたので、
お手洗いはマメに行って下さい!」
あと水虫になりかけてましたよ!と「塗り薬が水虫、粉薬は血を作るためのお薬ですから、間違わないで下さい」左の兵士に渡す。
薬と一緒に、手鏡も渡す。
「アラン、コルド。鏡は隣の部屋だ。
ちゃんとメイに感謝をのべとけよ」
よろよろと互いを支え合いながら立ち上がり、
叫び疲れてかすれた声で一応、一応感謝をのべる二人。
「「…ありがとうございましたメイちゃん」」
「はいっ!お大事に!」
いい笑顔である。
そりゃそうだ。彼らには傷一つ無くなった。妖精の点検・修理により、病気の心配もない。
あと言ってみたかったセリフも言えた。
お大事に。心も身体も健やかでありますように。
メイは、保健室のお仕事が大好きだった。
「「ぎゃぁぁぁ!!俺の髪がぁ」」
_四、保健室内での治療は無料ですが、魔術を行う際、患者当人から問答無用で少々の代償が必要となります_
少々の、代償…。
「アランは右、コルドは左で代償を払ったか…」
メイ曰く、「綺麗な500円ハゲでしたね!」
500円とはメイの世界で使っていた通貨の大きさらしい。
最小は1円ハゲと呼ぶらしいが、単位を変えてもハゲ呼ばわりなのが恐ろしい。
「何度見ても残酷だなおい」
「人本来が持つ細胞の再生力を強化するために、自らの身体で支払うのです。尊い犠牲ですね。今日のおやつは焼き菓子ですよ」
隊長は室内に魔法陣が残っていないか、妖精はメイの元に全員戻ったかを数えてから、
保健室に入り、自分専用のソファに腰をかけた。
これから隊長の特別任務、「召喚者メイ・サキサカの監視」の時間だ。
「隊長さん、ソファに足を乗せる時はブーツを抜いで下さい!」
「うるせぇ。クッション寄こせ」
監視…と名付けたお昼寝の時間である。
サライラス砦隊長の髪は、まだふさふさ。
ここは、国境警備隊が守るサライラスの砦。
国境沿いに広がる、魔獣の森。
隣国からの侵入者。
国境付近に出没する、盗賊団。
国内安全の為、治安維持の為、彼らは日夜戦う。
一切の手抜かりも油断もない。
守る為に彼らは戦い、時に傷を負う。
……心の傷も、深く負う。
つるつるの部分は、一週間後あたりから産毛が生えます。よかったね。