好きにしてもいいよ
健康診断は三日目に隊長からの強制停止がかかった。
「っまだ全員じゃありません!」
「いいんだよ。カシアン、撤収しろ」
「まだ残っている人がいます!」
「そいつらはいらん」
「・・・」
「まずお前が休め。顔色が悪い・・・とリュードが心配していた」
「はい心配ですね。目の下の隈がひどいのに頬がこそげないのはむくんでいるからでしょう。ひどい顔です。あとひどい目つきです。隊長を超えそうです」
「俺を超えたらお前人として色々最後だぞ。休め。命令だ」
「・・・」
命令をする隊長の右手には、いつかどこかで見たメガネが握られていた。
いつもはメイの周りを飛んでいる妖精たちは、今日に限って隊長の肩あたりにふわふわと浮いて、メイに近づかない。
残り30人。
夜までにはこなせる人数だ。
魔力もまだ残っている。妖精の力を借りずとも、メイの魔方陣なら治療を行える。
「メイちゃん、ナーグがデザートを作ってくれたよ。一緒に食堂に食べに行こう?」
メイの前に仁王立ちし威圧する隊長とリュード。心配げに一歩離れた場所から見守る副隊長のカシアン。
メイの抱き枕と毛布を胸に抱いてそわそわと落ち着かないアルバ。
いかつい囲みの中から、そっと一歩を踏み出したのはメイと身長の変わらぬネイナ・エンザだった。
「副隊長達もメイと一緒に食べるって、デザートを我慢して待ってるって。ね?」
うつむき、肩を震わせて診断書を握り締めるメイの手をそっと握るネイナ。
「作ったのはナーグだけど、リュードが何回も味見をしてメイちゃん好みの味になったって」
力を込めて一歩も動こうとしないメイに、静かに静かに語りかける。
「魔力がまだ残っていても、これ以上は身体に悪いんだよね?妖精さんたちが教えてくれたよ?」
「訓練中の俺の眼球に飛び込んで発光しだしたから何ごとかと思ったぞ」
「隊長の目から光が放たれてついに人をやめたのかと」
「うん。隊長もリュード君も黙ってね」
仁王立ちで威圧しているわりには言葉が棒読みな二人を、ネイナは柔らかな目つきだけで黙らせた。
「メイちゃん?保健室の先生が身体を壊しちゃだめだろ?ご飯、ちゃんと食べないと」
片手でメイの手を握り、もう片方をメイの背中に回しそっと抱きしめる。
ちょうど自分の肩のあたりにメイの目をあてて、流れるしずくを受け止めた。
一日目の昼食以降、食事を取らないとカシアンが隊長に報告をあげたとき、「好きにさせろ」と指示を受けた。
二日目に診断のスピードが増し、問診が細かく、過去の体調や怪我、身内の病気に至るまでになったと報告をした時も、隊長はメイを止めなかった。
三日目にリュードが様子を見に訪れ、休憩を取れと勧めたが聞かず、常連達からの相次ぐ報告にも隊長は動かなかった。
そこで妖精が行動に出た。
メイ以外は、光の塊にしか見えない妖精である。言葉もみぶり手振りで妖精がその気になれば伝えるが、普段はただふわふわとメイの周りを浮いているだけで
誰とも意思の疎通を図ろうとはしなかったのだけれども。
訓練中に隊長の眼球に飛び込み、緊急事態を知らせるためにチッカチカ光った妖精達は正直焦っていたので、必至だった。
ちょうど対峙中だったリュードはいきなり眼球を光らせた隊長を隙ありと見て
剣を振るったが、気配だけで打ち返された。
目を光らせながら反撃する隊長もたいがいだが、とりあえず攻撃に出るリュードも何かとおかしい。
その場を収めたのはナーグとネイナ。調理班チームだ。
「妖精が何か言いたいんじゃないのか?メイのことで」
しぶしぶ。いやいやといったそぶりで隊長が柱の隅へ向かい、戻ってきた頃には手に見慣れぬメガネが握られ、メイの「強制移動」が決まっていた。
「よしよし。疲れちゃたね。このまま部屋に戻って寝ちゃおうか」
耳のすぐ近くで囁くネイナに、メイはいやいやと首を振る。
身体中にはまだ力がはりつめており、背中が震えている。
「誰もメイちゃんを見ないように連れてってあげるよ」
うんうんとアルバが毛布を広げる。このまま包み込んで抱えて歩くつもりなのだが
いつも元気なメイが声を発しないためにタイミングがつかめない。
「・・・・」
誰が見ても限界だった。いつも元気なメイ。
落ち込んでも勝手に起き上がり復活する少女。平然と魔術を使いこなし、いたずらにほくそ笑み、妖精とはしゃぐ姿がいつものメイなのに。
ほっそりとした首にほつれた髪がいくすじか垂れ落ちている。
その数本の髪がうなじにはりつく。ただそれだけだ。
顔は見えない。声も聞こえない。けれど白い白いその首の細さが震える肩が
疲れ、壊れかけていた。
「失礼。まどろっこしくて」
その首に容赦なく手刀をかましたのは、まさかの第5副長カシアン・ダルボア。
「え?っちょっと、待って」
ふつりと意識を手放すメイ。ついでに手刀の衝撃をモロ受け咳き込むネイナの腕から易々とメイを引き取って、毛布を広げて準備万端のアルバへぽいっと投げた。
「カシアン。。。お前変わったな」
「危ないだろう!首が折れたらどうするんだ!」
遠い目の隊長と咳き込みつつ非難するネイナに、カシアンは心底申し訳なさそうに返した。
「いや多分この面々で手を上げれるのは僕かなって空気を読みました」
「説得してまず休息を取らせるって話だったろう!」
「極度に緊張していたら誰に何を言われても寝れないかなって」
「カシアン・・・お前その方向で行くのか」
「珍しく隊長が迷っておいでのようなので、その場合は副長の仕事ですから」
「・・・いや違うが。まぁいい。運べ」
どうどうとネイナの肩を叩いてなだめ、アルバに指示を出そうと振り返った先には既に誰もいなかった。
リュードも妖精もいない。
唖然とする隊長にカシアンはやれやれと息を吐いた。
「らしくないですよ。隊長」
「・・・うるさい」
アルバはメイを投げられると同時に毛布にくるみ、リュードに至ってはどの段階で判断したのか既に訓練場の扉を開けて待っていた。
メイを担いだアルバと扉開け役の二人はそのまま隊長の指示も無く保健室へと走り去っている。
「あぁ、もう。いいですよ俺は調理場に戻ります。それでいいですよね、隊長」
「好きにしろ」
「じゃぁ僕はここを撤収して自分の部屋で統計の処理をします。それでいいですよね?隊長」
「好きにしろ」
ふんっと鼻を鳴らし保健室とは別の方向、自室のある塔へ足を向ける隊長の背中に、ネイナが声をかける。
「あなたも好きにしていいのですよ、隊長」
歩み去る足は速度を緩めなかった。力強く、歪み無く均等に地を踏みつける足取りは騎士そのもの。
ネイナの声も、踏みつけた。