これ何診断?
「ネリ・サランさん~どうぞ~」
名を呼ばれ、弓兵のネリ・サランは不安な面持ちで待合室の椅子から立ち上がった。
手の中のメモをこっそりと読み返す。
「・・・眷属診断って、何をされるんだろう」
純白の白衣!できる女のイメージはお団子!そしてメガネ!
今日も形から入って中身は後追いのメイは、出鼻をくじかれていた。
「健・康・診・断です!眷属って何ですか眷属って」
「え?闇属性か光属性かを魔術で占うって聞いたけど。それで新しくて長い名前を授けるのでしょう?」
「その誤解を持ったままここへ来たネリさんの期待に沿えず申し訳ないですが、
名前の変更はありませんし、属性の占いもしません」
「指示通り決めポーズを三つまで考えて来たけど」
「メイがよい子で良かったですね。もう少しやさぐれていたらとりあえずその3ポーズを見てから誤解を解くところですよ」
「サリナ・ワッカさんどうぞ~」
「メイちゃん、確かに私は珍しいかもしれないけど、一応ジョンヒという同士もいるわけだし、決して職務からは逸脱していないと思うの」
「よーし最後まで言わせないぞぉ」
「いいえ最後までこのままの関係を続けるわっ。お互いに抜け駆けはしても成果は出ないって散々結果を出した上での現状維持を誓い合ったの」
「健康診断って知ってますか?」
「健全運動でしょ?大丈夫よ。隊長の寝込みは襲えなかったわ」
「恋愛は自由!報告は迷惑!」
「アルバ・フォンさんっ!かかってこいやぁ!」
「えっと。落ち着いてメイちゃん。これって健康診断だろ?模擬試合会場じゃないよね?」
「油断大敵!九死に一生!」
「いや、俺無腰だから。メイちゃん相手に戦わないから大丈夫だって、な?」
「・・・健康診断ですよ?」
「うん。健康診断だよな?俺、見てもらいに来たつもりなんだけど、何か違ったかな?」
「・・・健康診断なのに何故既に額から流血を?」
「採血するんだろ?俺、刃物苦手だから手軽に割ってみた」
「ぬぁぁぁぁ!妖精さんかかっちゃえやぁ!」
どうしてこうなった。
がっくりとうなだれるメイの背後では、書類係りとして助っ人に来てくれたカシアン・ダルボアがやっぱりなぁという顔で頭を掻いていた。
「会場が悪いでしょう。訓練場でする段階で勘違いしてますよね」
「だって保健室だと大人数は入りきらないから」
「保健室の認知度を上げる為にするなら、むしろ日を分けても保健室にするべきだったのでは?」
「うぅぅ。今は正論は聞きたくない」
「じゃぁ持論をつぶやきますが、意味ありますか?これ」
「持論を質問系にするのは悪意ととりますよ!」
「持論が疑問を装った好意的な意見です」
珍しく隊長がメイの申請を即日許可してくれたので、嬉しくて翌日に強行開催をしてみたものの、
参加者が全員勘違いしまくりで診断が一向に進まない。
「魔方陣ですべて調べられるのに、わざわざ問診するからややこしいのですよ。
初心者にとってはただの尋問と思ってるでしょう」
「だって魔方陣を使って調べても信じてくれないんだもの」
健康診断を始めて改めて驚いたのが、兵士たちとメイの「自覚」の違いだった。
「え?腫れてますけど、痛いでしょう?」
「まぁ多少は」
どうみても化膿している傷口を布で縛っていたり、
「めちゃくちゃ胃が荒れてますけど、普通に朝食を食べたのですか?」
「肉食ってりゃ治るよ」
自己診断で楽観視であったり、
「指は何本に見えますか?」
「6本。メイちゃん指増えた?」
悪化していることに気づいてなかったり、
「むしろ健康な人がいないってどういうことですかぁぁ!これでいいのか砦~!!」
(ツカレタゾー)
(アサカラ ハタラキッパナシダゾー)
(マリョク クレー)
ぐったりとうなだれるメイの両手の指全部に妖精が吸い付いている。
診断結果を伝えても自覚が無いので強制的に治療を行うため、
妖精もメイも魔力を使いっぱなしなのだ。
「むしろ代償取ってもいいような気がしますけどねぇ」
「自覚ない人からは取るのはちょっと」
よくよく考えれば、メイの保健室に訪れる常連と緊急時の患者はまぁまぁの致命傷ばかりだった。
魔獣と戦って傷を負うもの、訓練中に骨を折る者などが大半で、後は相談やら愚痴やら休憩に使われていたので一日の患者数がゼロでは無いのでそんなものかと思っていたのだ。
「全体的に栄養失調が多い。ですか。キノコ料理で改善されたはずですがねぇ」
名簿に沿って診断結果と治療後の経緯を書類にまとめていたカシアンは首をかしげる。
確かに王都ほどの食糧事情を砦に期待するのは無理だが、辺境とはいえ国の兵士が守る場所である。田舎出身の新兵などは砦に来てから腹一杯に飯を食い、身体もずいぶん仕上がっている者も多い。
カシアンの基準で言えば、ほぼ全員「健康」である。
「前提が違うのですよカシアンさん・・・メイが間違ってました」
メイにとっての健康は、どこも痛くなく毎日朝を迎えることだ。
おなか一杯にご飯を食べて、朝目覚めたときに元気であるかどうか。
「貴族の子供、跡継ぎぐらいじゃないですかそんなの」
何をおかしなことをとカシアンは軽く笑う。
「ここは砦ですよ。毎日誰かが戦っているのですから」
「そうだね。・・・怖いことなんだよね」
カシアンはメイのつぶやきを聞きそびれた。
怖い「ところ」だと言ったように聞こえたので、あえて肯定も否定もしなかった。
メイは王都からの客人。この場所を怖いと思って当然だからだ。
隣国に狙われ、盗賊は森の近隣を荒らし、常に魔獣の脅威にさらされている。
ここは前線。無傷の者など誰もいない。
「皆、あなたに感謝していますよ。それは伝わっているでしょう?」
___だって、あなたが砦に来てから、誰も死んでないじゃないですか。
カシアンにとってはほめ言葉だった。
第5副隊長として、メイの経緯も、魔術医と治療術師の違いを彼は理解している。
彼女が救った命。これから救う命は他の魔術医は決して出来なかった事だ。
妖精と語らい、力を合わせ、人を癒す。
そんな絵物語の一瞬のような奇跡を彼女は毎日行っているのだ。
「それね、アルナニさんも言ってましたよ」
どうして、どうしてロイナン族の人は誰も保健室に来てくれないのですか?
小さな傷でもいいのです。歯が痛いとか、どこかが痒いとかでもいいのです。
メイは治せますよって。
「・・・メイが来てから、誰も死んでないから」
それがロイナン族が保健室に来ない理由だとアルナニは困ったように笑っていた。
全員参加として数人のロイナン族を朝から診断を行ったが、治療は頑なに断られた。
大丈夫、大丈夫。
迷子だと勘違いしてメイを抱き上げたそのままの笑顔で、優しく断られた。
「なんだか、久しぶりに思い出しました」
「どうかしましたか?」
「優しいって。。。寂しいなぁ」
(ドウシテ?)
きょとんとメイを見上げる妖精たちは笑っていたが、カシアンにはただ光の束がゆれているようにしか見えなかった。