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落ち着いた患者ネイナ・エンザ


保健室には診察用の椅子と簡易ベッドが置かれてあるが、訪れる者は殆どが重症の急患なので治療自体は、簡易ベッドか床である。


気分が優れない程度で治療に来る者は少なく、いたとしても砦の隊長が巡回を名目にソファでくつろぐ姿がたまにあるぐらい。

リュードは早々に自分用の椅子と小棚を給湯室の扉脇に置き、食後の茶を勝手に入れてくつろいでいるので論外だろう。


そもそも、患者に問診をするのは治療後が殆どだ。

魔法陣で強制的に診察、治療を行うので、髪をむしられてグッタリした兵をツンツンしながら「あのぉ~お名前と所属を教えてください」と尋ねるが問診と言うよりも記録用。


「だから、こうして患者さん用の椅子に座られると、なんだか照れますね」


えへえへと照れ笑うメイに、


「へぇ~結構良い椅子なのに勿体無いねぇ」


のんびりと返す兵は額から首、肩にまで血がべっとりと付いていた。


「あぁでもベッドに寝転んだら魔法陣が全部見られるのかな?綺麗だよね」


ほやほやとした口調の青年、ネイナ・エンザは砦の勤務7年目のベテランである。

メイにとって見上げるほどの長身の男が多い中、ネイナは頭一つ分だけ高いだけ。

濃い茶色の髪と目、砦では珍しい一重まぶたにクリーム色の肌。

整いつつもどこか幼い顔立ちに見えるのは、つるりとした肌質と赤味のある頬だからかもしれない。


「頬が赤いのは凍傷なんだけどねぇ。自分でも指が揃ってるのは奇跡だと思うんだぁ」


砦の北にある国のスラム出身ネイナは、強盗団に飼われていた子供の一人だったと過去を語る。

街道で生き倒れた振りをして貴族の馬車を止める役だった。

田舎の貴族は人道的な好意よりも好奇心で馬車を止めるが、都会の貴族や商人の馬車は突き進むか、離れた位置から弓を放ち生死を確認するので毎度命がけだったらしい。


怯えて起き上がって逃げ出すと、自分は元より、自分よりも幼い子らが暴力を受け食事を抜かれる為、耐えるしかなかった。


「護衛が馬車から離れたら、周囲に潜んでいた仲間が一斉に襲いかかるんだ。んで、僕はすぱっと起き上がって逃げる。振り返らずにね。悲鳴が聞こえても、血の匂いがしても、逃げたんだ」


ふんふんと話しを聞きながらも、メイはネイナの言葉に表情を変えないように気をつけていた。

自分の過去話のわりには他人の出来事のように軽い口調で話すネイナ。


…身体の傷は治せても、心の傷には正解がないからなぁ。


ネイナは人柄、仕事ぶりともに他者からの評価は高い。人の嫌がる仕事を進んで行い、不平不満他者の悪口も言わず、

穏やかに仕事に取り組む。倒れるまで。


「ネイナさん、睡眠は?熟睡していると自分で思いますか?」

「足りてると思うよ。んでさ、上手く襲えた時はその金で宴会するんだよ。

俺やチビたちも腹いっぱい食べてもいいの。皆酔っ払いだからバレないし…」


それからいかに宴会が楽しかったか、ちっとも楽しくなさそうに語るネイナの額からはまだ血が流れている。

メイはそろそろ止血だけでもしたいが、話が終わる前には治療をしないで欲しいとの約束があって動けない。


魔法陣はネイナの頭上で既に何枚も浮かんでおり、

妖精達もネイナの背後で(オイッチニー)と並んで屈伸運動。

準備万端だ。


「でさぁ、ある日の宴会でね、チビの一人が顔にすごい引っ掻き傷つけてたのね。え?なんでって聞いちゃったの。盗みは上手く行ったのに、なんでお前殴られたのって。

そうしたらね、『あばずれにやられたって』

俺、知らなかったけどそいつ、足止めした馬車の扉を開けて一番最初に投げ入れられる役らしいのね。

嘘泣きしながら、誰でもいいから足にしがみつくんだって。油断するからって。

『でも今日はすげぇ金持ちそうな馬車だったし、俺投げられた瞬間にキラキラした首飾りが見えて、欲しくて手を伸ばしたらやられた。なんだよあのあばずれ。どうせ死ぬのに、いらないじゃん』って…」


その夜、1人だけでネイナは逃げた。


孤児でスラム出身の彼が兵士になるまでの苦労はけして語らない。

彼が保健室で語るのは、その夜の話ばかり。


「俺、同じような事考えてた。貴族が襲われてもさ、お前らは俺より良いもの食ってきたんだろ?って腹の中で考えてた。

腹が減りすぎてカサカサの自分唇の皮食ったことないだろって。チビと同じだよね?仕方ないじゃんで済ませてたのに、ね。…俺、卑怯だよね」


自嘲ではなく、呆然とした顔のネイナ・エンザ。


大変、非常に、心の底から申し訳ないが、メイはそんなネイナをチラ見しながら

(色っぽいですネイナさん!色気だだ漏れです!)

不謹慎な感想を抱いていた。


ネイナ・エンザ。35歳(外見年齢23)

厨房食材調達担当。魔獣狩り専門。

砦内女性人気1位。

「頚動脈から鎖骨の流れがエロい」

「普段は癒し系なのに、戦闘となると双剣でガンガン責めててエロい」

「口を開ける癖があり、たまにナーグがふざけて指を突っ込むのだけど無意識に、むっと咥えてしまうネイナさんまじエロい」


堀の浅い切れ長の目は女性兵達からすれば、悩ましい艶めいた瞳。

実は凍傷の赤味のある頬は、羞恥に耐えるいじらしさと見えるらしい。


そして、小柄ながらも男気に溢れ責任感を持って仕事をする姿に、男性からの票も多い。

ちなみに顔面がナチュラルボーン凶器の隊長はマニア受けなので、尊重はされるが同意は得られず。残念。


ネイナが気づかない、認めないだけで

砦の兵達はネイナに構いたくてしょうがない。

なんなら、ハニカミ笑顔だけで女だけでなく男もメロメロになって貢ぎ、尽くすだろうに、当人にその野心は無くひたすら謙虚であとちょっと天然さんだった。そして、ちょっぴり手間がかかる。


「う~ん。そろそろ治療をしたいのですが、やっちゃっていいですか?」

「そうだね、お願いしようかな」

「はぁい、どーぞー」


既に準備済みだったので、合図に勢いは無いが妖精達は待ち兼ねていたらしく次々とネイナの身体に潜り込んだ。


「はいっ、と。ちょちょいっと」


メイも魔法陣に力を注ぎながら、細かな部分を訂正しつつ、ネイナに貼り付けた。


飛び込みの重傷患者はそれこそ問答無用で魔法陣をぶち当てるが、

ネイナは落ち着いた流血患者であるので細やかな対応ができた。一通り過去話をしてからでないと決して治療させてもらえないが。


「…んっ、あのっ、メイちゃん、」

「はいはぁーいわかってますよぉ、服の下の傷跡は残しますよぉ」

「…ごめ、んねっ」


待たされていた妖精達がノリノリで身体の内側をずるんずるん駆け抜ける不快感を眉を寄せ、唇を噛み締め耐える姿はやっぱりエロいネイナをしみじみと観察しながら

さてどうしたものかと悩むメイ。


保険医と名乗ってはいるけれど、医師免許を持っているわけではない。魔法陣と妖精さん達で強引に治療を行っているだけで、知識は皆無だ。

それでも、ネイナが心を病んでいるのはわかる。


…心を病むって言い方は嫌いなんだよなぁ。


ネイナはきっと罰を受けたい。それと同じぐらい、許されたい。

それが彼が繰り返し怪我を負い、倒れるまで仕事をしてしまう理由。


心が健康って、過去を乗り越えて前向きになることだろうけど、さ。


えいさーっ、よいさーっと多少過剰気味に魔法陣をぶつけながら物思いにふけるメイ。


心が健康な人ってじゃぁどんなだって話になっちゃうんですよねー。

明るくて笑ってて前向きな人って、そりゃ性格だろうしねー。


人間の心の状態なんて名前をつけちゃえばみんな病気だ。


メイは、心のバランスを崩す事と胃腸を崩す事を、同じように考えるように心がけていた。

心の病に名前をつけてしまうと、人は戸惑う。目に見える傷や痛みを伴う症状が無いために、完治が自覚出来ないからだ。


__なんかこう、まぁ何もまだ解決してないけど、保険医でよかった。


もしも、友人、あるいは同僚としてネイナの側にいるのは辛いだろう。

命を粗末にしているわけではなくとも、投げ出して生きるネイナは見ていてとても危うい。

彼が子ども時代に受けた理不尽な暴力や、人が死ぬ話を受けとめられただろうか。

話しを聞いて彼が楽になってくれるのならばと思う反面、彼は救いを求めていないことにも気づいてしまうだろうから。


「お肌つやつや効果」や「髪サラサラ効果」の頼まれてもいない魔法陣を浴びせながら、


愛されるといい。


保険医としてネイナに願う。


愛されちゃえばいい。


大丈夫、あなたは傲慢にはなれない人だから。


「ネイナさぁん、お仕事は好きですか?」


(イイゾ、モットダッ!)

(メイチャン、コッチモ!)


目を閉じて耐えているネイナにはわからないだろうが、今、彼の身体にはチカチカと光る2、30の妖精が群がり好き勝手に治療?を行っている。


「んっと、今、答えなきゃだめかな?」


ですよね。半透明の虫っぽいものが身体中に張り付いていますもんね。

普通、その椅子には座ってられませんが頑張って耐えちゃうのがネイナさんですけどね。


「好きか嫌いかじゃなくてもいいですよ~ゆっくり考えて下さいな」


ぶっちゃけ怪我の治療はもう終わってますしね。と心の中で付け加え、遠い目をするメイ。


額からの流血は、砦の古い壁が剥がれて落ちてきたと説明したネイナ。

別の日は階段から足を滑らしてしまった。

棚の上の物を取ろうとして落ちた等、本人は己のドジを報告してくれているが、


(メイチャン!ツメ モ ミガコウ!)

(モット!モット!)


いつもより焦り、メイの魔力をねだる妖精達。

ネイナの髪をむしるどころか真剣な顔で櫛を通し、艶を与えている。


(セナカ ノ アザ ケシチャッテ イイ?)

(マッサージ モ シチャオ!)


治療を通り越して美容に勤しむ妖精達はなんだかとっても後ろめたそうだった。


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