妖精さんの真実
サイラス砦は元々、数百年前に滅んだ国の王城であった。
…という説がまことしやかに語られているが、古い以外は何の歴史的価値もない無骨な城「跡」である。
数百年の間に城主が何度も入れ替わったのであろう籠城の爪跡だけが残っており、周辺に人が住む町が栄えた後はない。
つまり、数百年以上前からこの場所は国同士が争う戦線に位置をしているのだ。
そうか。妖精は、砦の中にいてくれたか。
エドガー・フォルクス隊長は砦を歩き周りながら、眠る妖精を見つけては緩む口元を抑えられない。
嬉しいのだ。心の底から。
戦を繰り返し数多の血を吸った大地は穢れて力を失った。妖精の加護を失い、魔獣の森が拡がり出したのはいつだったのか。
人間達が戦場で気がついた時には、自らの国に戻れぬほどに森は生い茂り、増え続けた魔獣に、人間は住む土地すら追われた。
メイが王都から妖精を招いたと思い込んでいたのは、俺だけではあるまい。
王都には教会が管轄する、守護の森があり、サライラスの砦までメイが連れて来てくれたのだと思っていたのだ。
ハゲを作られようとも、キノコのほぼ山に閉じ込められようとも、兵士は妖精と関われるだけで、嬉しい。
眠っているだけ。
サライラスの砦は、守りの砦。
他者を侵さず、侵されず。
我々は、彼らとともにあることを許されるのだろうか。
砦内を歩き回り、眠る妖精を見つけては小さく微笑みかける隊長であっのだが、
「痛っ!」「階段で何よそ見してんだよ、行くぞ!」
少々、気になることがある。
「あれ?ここに置いた羽ペンは?」
「知らないわよ?」
砦内に妖精はいた。メイの保健室ほどの密集はないが、そこかしこに自由な姿で可愛らしく眠っている。
「痛ってえ!小指ぶつけたっ!」
棚や柱の隅に、しがみついている。
…隊長にも経験があった。
日中ほとんどブーツを履いて過ごしているが、自室に戻り、ブーツを脱いだ時だけ柱に足の小指をぶつけて悶絶するのだ。
無言で。けれど足早やで自室に戻った隊長は、衣類棚の脚にしがみついて眠る、妙に口元がにやついた妖精を見つけた。
『妖精さんの基本は遊ぶか寝るかです』
寝ながら遊んでるとは聞いてなかったぞ、メイ。
隊長がメガネをかけて見つけた、普段は人間の目に見えない妖精は、「わざと」自由な場所で眠りについていた。
椅子の脚、階段の下から二段目、
あるいは、本棚の隙間に隊長が無くしたと思っていたペーパーナイフを抱きしめながら。
部屋中の、隊長に罠をかけようとしていた妖精を集め、とりあえず陽当たりと風通しの良い窓辺の桟にバラバラと並べてから、隊長はメガネを外した。
……妖精を敬う気持ちが、無くなりはしない、しないのだが…イラッとしたこの感情をどうすれば。
しかるべき場所は、いらん。
妖精へ抱いていた敬意の念が消失しかけてしまった隊長は、メイが彼らを雑に扱う理由がわかるような気がし、
そのままベッドに倒れてふて寝をする事にした。サボりと言われても構わない。
隊長さんは、夢破れて傷心中なのだ。
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その日の夕食時、食堂では女性兵士の間で、
「優しげな眼差しの男前が砦にいた」
「王都から貴族の視察に違いない」
との噂で持ちきりだった。
もちろん正体はメガネ隊長さんなのだが、誰もわかっちゃいない。
(…普段の隊長さんは、そこの角で二、三人刺して来ました。ってなオーラ発してますからねぇ)
目つき云々以前に、威圧感に圧倒されて多くの兵士は直視できてない。
キノコのソテーに舌鼓をうちながら、メイは噂話に混ぜられぬよう出来るだけ存在感を薄くした。
(そりゃあ妖精さんを見つけた隊長さんは、少年のように瞳を輝かせてましたよ?でもまさか別人説が出るとは)
真実を知るメイは「正体は隊長さんですよ!」と言ってみたいが、彼が二度とメガネをかけないことを、
またメガネをかけたとしても、妖精の真実を目撃したその目から光は失われているだろうと予想はついていたので、
やっぱり黙ってキノコのソテー赤ワインソースがけを堪能するのであった。
新品の消しゴムを買ってから、古い消しゴムを発見したり、
自分の部屋なのに足の小指をドアにぶつけて悶絶したり、
鼻セレブの減りが異様に早い現象は妖精さんのいたずらなのです。