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空と電話  作者: ぷよ夫
9/17

01-5 声に向かって____________________

 村を発って何日目かな。

 随分遠くに来てしまった。

 でも、セーンが毎日声をかけてくれるおかげで、不思議と怖くない。

 壁も随分ちかくなってきたことだし、セーンと会えるのがだんだん楽しみになってきた。

 これだけ近寄れば、あの壁が、ただの大きな山脈だということは見て分かる。

「雲溜まり、あれだね!」

 トルサが壁の少し北よりの一部を指差した。

 雲が溜まっている、というより、風がそこに全部集まってるみたいだった。

「不思議だなあ」

 思わず声に出した僕に、トルサが「なんで?」と聞いてきた。

「だってさ、風に吹かれて、壁にむかって雲がどんどん流れてるんだぞ」

「ぷはっ、考えすぎだって」

 トルサは笑って言った。

「あそこだけ、壁が抜けてるに決まってるわ」

 それもそうだ。

「トルサ、頭良いな」

「あはは、ばーか」

「ぶはっ、ひでえ」

 二人は笑った。二人だけで笑った。

 それからしばらくすると、明らかに僕らは雲溜まりに向かって流されていた。

 同じ頃に、壁の足、いや山裾が見えてきた。

 僕らにとっての壁は、近づいてみたら、あまりに大きな山だった。

 遠くから見てると分からなかったけど、水との境目から天辺までは、かなり距離がある。

「今日は、少し早めに降りようか」

「そうだね。セーンも、降りるところが見つけられないなら、岸で待ってて欲しいみたい」

 まずは穏やかで、降りられそうな岸辺を探す。

 場所はすぐに見つかった。

 石や砂が弧を描くように積みあがり、その中に水がある、半分湖みたいな地形だ。

 今日のところ、僕はそこに飛行機を下ろすことにした。

 少し風はあるけど、なんとか降りることが出来た。

 僕らは飛行機が風に流されないように、重たそうな岩に縄をかけてつなぎとめると、自分たちは岩陰にひっこんだ。

 早めに降りたはずなのに、もう日が暮れそうだ。

 風に当たると寒いけど、上手いことそれさえ避ければそれほどでもなかった。

「風、やむかな」

 トルサが、水面の波や、靡く草を見ている。

「やまなくても、少し静かになってほしい」

 飛べないことないけど、ちょっと苦しいかな。それに――

「空が寒い」

「じゃ、明日は二人で片方の席に乗ろうか」

 えっ?

「む、無理言わないで。バランス悪いって」

「そういう問題?」

「そういう問題」

「あ、そ。今も寒いでしょ?」

 トルサはそういうと、飛行機に乗せてきた唯一の防寒具、大きな毛布を下ろしてきた。

「トンフア、なにか敷物ない?」

「これくらいしか」

 そのままだととちょっと冷たいから、荷物袋を敷き、そこへとんと座る。

「よしっ、これで」

 ばっとトルサが毛布をひろげて、僕の隣に座りながら二人を包むように毛布をかぶった。

「あったかいぞ」

 良いながら、ひたっと寄り添うトルサ。

「ええっと、結婚前に男女が一緒に居ちゃダメだって」

 僕は逃げるでもなく言った。

「じゃあ、結婚しちゃおうか」

「どうやって?」

「どうって……あはっ、どうするんだろっ!」

 笑いながら、トルサが抱きついてきた。

「え、っと、あたたたたたかいね」

 暖かい、むしろ、なんだか熱い。熱くて言葉がおかしい。

「あたたかいね。ここ、あたしの知ってるどんな“寒い”より寒いんだもん」

「なんか、もっとあたたまる方法、ないかな。トルサ、そんなに寒い? 震えてるけど」

 くっついてるおかげでトルサがカタカタ震えるのがよく分かる。

「寒さは半分かな。怖いのもあるけど」

「そう、か。だよね」

 どっちも、お互い様だ。

「そうだ、お湯ならあるぞ」

 僕はふと竹の水筒を思い出し、がばっと立ち上がった。

「お湯だ!」

 トルサも立ち上がる。

 二人で飛行機に駆け寄り、水筒をありったけ引っ張り出すと、うしの作った道具でどんどんお湯を作った。そのまま持ってると結構あついから、半分だけお湯を入れて、のこりは湖の水を入れてぬるま湯にする。

「あったかいぞ。トンフアよりあったかい」

「うん、トルサよりあたたかい」

 毛布に二人でくるまって、お湯入り水筒を抱えて温まる。

「これで、休めそうだね」

 僕はほっとしてトルサに微笑みかけた。

 でも、トルサは少し震えてた。

「まだ、寒い?」

「ううん、そんなことない。さあ、休もう。明日はきっと、セーンに会えるわ」

「セーンに会えば、きっと」

 帰れる。

 そのために、暖かくして休もう。

 なんだか、落ち着かないけどさ。


 ちょうど夜が明ける頃、あまりに寒くて目が覚めた。

 お湯はとっくに冷たくなり、カラダを暖めてるのはトルサの体温だけだ。

「トンフア?」

 やっぱり寒いのか、トルサも目を覚ましていた。

「また、お湯を作ろうか」

「うん」

 二人で水筒を抱えて飛行機に向かう。

 寒いけど、風は静かになっていて、飛び立つのは楽そうだ。

「ありゃ?」

 水筒にお湯を入れようとして、トルサが妙な声を上げた。

「水しかでないなあ」

「飛行機も、寒かったのかな?」

「お日様が出るまで、少し待とうか」

「うん」

 飛行機の近くの岸辺で、二人で毛布に包まって待つ。

 トルサとくっついてるといろいろ思うことはあるんだけど、寒くてそれどころじゃなかった。

 この世界にこんなに寒いってことがあるのかってくらいだ。

 でも、それほど待たずにお日様が上がってきた。

 こんどこそ、とお湯を出してみると、ちょっとぬるいけどお湯が出た。

「もう少しお湯が取れたら、飛ぼう。こんな寒い所は、さっさとおさらばだ」

「よーし、お湯出すぞ!」

 トルサはよく分からないけど勢いよく水筒を振り回して叫んだ。

 そしてお湯が溜まったところで、僕らはお湯入り水筒を抱えると、飛行機に乗り込んだ。

 飛行機は、少し寒そうに身じろぎした後にプロペラを回して飛び上がった。風は穏やかで、波も小さいから楽勝だ。

 昨日よりは穏やかだけど、風は相変わらず雲溜まりに向かって流れてる。

 流れてるから、雲が溜まるんだと思うけどさ。

 慌てずにゆっくりと、その雲溜まりに近づいていく。

 下に湖か水溜りがないか探しながら。

「うーん、川なら見えるんだけどな」

 雲溜まりの中は雨が降り続けてるのか、中から川が流れ出ているのが見えた。

 実のところ、上流のほうがどうなってるのかよく分からない。雲溜まりがあるあたりの、壁の上半分は、文字通り雲が溜まってて見えないのさ。

「あんな滝みたいな川じゃ、降りられないな」

 僕はよく目を凝らして川を見たけど、川はちょっとした滝みたいで降りるのはちょっと無理そうだった。

「戻ろう、寒いけど」

 トルサは苦笑して言った。

「そうだね。トルサ、ラジオでセーンに呼びかけてくれる?」

「おっけー。あ、あ、こちらトルサ。セーン、聞こえる?」

 呼びかけると、『おー、元気かね』と、いつものようにセーンのざらざらとした、おかしなアクセントの言葉が聞こえた。

「元気だけど、寒かった!」

 トルサが答える。

「あとさ、降りるところがなさそうだから、岸辺の湖に下りて待ってるよ」

『おお、それはしかたない。もう、一日かそこらでつくと思うから、寒さには気をつけて待っていておくれ』

 よかった。

 あんなところに何日もいたら、もたないよ。豆だって、ずっとあるわけじゃない。

 とりあえず――

 話すのはトルサに任せて、僕は飛行機の向きを変えることにした。

 が、なにかおかしかった。

 たしかに飛行機の向きは変わっていて、細長い湖があるほうを向いているのだけど、なんだかどんどん離れているような感じがした。

「ねえ、トンフア。バックしてない?」

「やっぱり、そう思う?」

 トルサも同じことを感じていた。

『今、バックしてるって言ったかね!?』

 ラジオから、セーンの驚いたような声がした。

「うん、そんな感じがする」

 トルサが心配そうに答える。

『いかん。ぶっ壊れてもいいから、今すぐどこかに降りるんだ! 必ず迎えに行くから!』

 セーンがなにやら慌てふためいている。

「ど、どうしたの?」

 ぽかんと、トルサが問いかける。

『どうしたもなにも、ぼさっとしてたら、吸い込まれるぞ!』 

  


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