____________________02-4 飛行者と通信者
やれやれ、若いってことは。
若いんだろう、たぶん。
うん。
わしゃ、名実ともにオッサンだが。
――さておき。
わしらは、山を降りたあと、村の人々に礼を言って簡単な報告をしたあと、フルートに乗り込んでアンテナを立てていた。
そして、あの声を二回捕らえることに成功した。
相手は飛行担当の少年と、通信担当の少女のようだ。
そう名乗ったから、そうなのだろう。名前は分からん。
まあ、少年もよく喋ってたが。
彼らから、山の天辺で電波通信機に声が入ってきたときには心底驚いた。
何処から聞こえてきたのかは、初めはわからなかったが、二回目に概ね南または南西からと分かった。
最初はまあ、手持ちの通信機だけだったからなんともアレだったが、フルートに降りたあとにアンテナを立てて構えておったわけで。
それでも、イマイチ特定できなかったのは、どうやら彼らが飛んでいるときに、たまたま我が母船チューバが近くを通ったからということだった。
そのときの状況から推定して、チューバを近くに移動させたのがついさっきと言うわけで、何とか彼らの場所を確認することが出来た。
思いのほか西北西に移動しており、危うく空振りするとこではあったが。
ここで、一つ問題が発生した。
彼らが、上空の風やら近くを通過した低気圧に遭遇し、かなり遠くまで飛ばされてしまったのだ。残念ながら、このフルートで迎えに行くにしろ何日もかかるどころか、下手すれば追いつけない。
なぜなら、あの二人は若い。
そこにじっとしていろと言うのが無理なのだ。
ならば、比較的高い確率で到達できる目標を指示して、そこへ向かってもらったほうが良いとわしは考えたわけだ。
ここからはやや離れる方角にあるが、どのみち今は西風が強いのでこっちに来させるほうが危ない。
「チューバを迎えに行かせてはいけないのですか」
「今後、食いっぱぐれてよければな」
調査研究のためとはいえ、わしらが出来ることはものすごく限られている。
ここの住民に会うために使える乗り物は、小さなソーラーセイルのフルートだけだ。
大きなチューバや、うしが作った事のないような品物を見せてはいけない。
それが、特別にここへの立ち入りについて取り計らってくれた、われらがスポンサーとの絶対的な約束なのだ。
かれこれ、二十年もその約束を守りつつ、研究所とを行き来している。
「でも、若いのが二人、このままじゃ飢え死にですよ」
「そうではあるのだが」
見つけやすい場所に移動するにしても、彼らが十分な食料を持っていることが条件だ。どうやって飛んでるかは知らんが、あのペースだとたどり着くだけで数日かかるはず。
「じゃあ、フルートごとチューバで運んでは?」
「やってる間に追いつくわ。それとな、彼らをロストするほうが怖い」
そう……彼らが西にある山脈の、指示したポイントに向かってくれてるとしたら、たどり着いた少しあとに追いつけるはずなのだ。
今までのペースと、飛ぶための何がしかをうしが作ったと、言う前提からだが。
うしが作れる電源は、太陽光発電だけ。したがって夜は飛べない。
わしらもそれに近いが、バッテリーも持っている。それ以前に、フルートは帆掛け舟の体裁を取っている。
で、この海域は西風がよく吹いているのだ。
『おーい、電話だよ。ヒカル、だんだん壁が近づいた!』
翌日の昼、電波通信機に少女の声が届いた。
彼らは、通信機を電話とかラジオとか呼んでる。まあ、あってる。
ま、若いっていいな。
実のところ、翻訳機越しゆえ、彼らの本当の声はよくわからんのだ。それっぽく合成してくれてるようだが、たぶん若い。翻訳もあってるので良し。
「こちら、ヒカル。すこしずつ追いついてるから、そのまま行っておくれ」
と、こちらからは安心させるように呼びかけた。
『でも、壁はずっとずっと横に広がってるよ』
通信担当が聞いてきた。
「よく見ると分かると思うが、山の上のほうに風に流された雲が集まってるところがあるだろう? そっちに向かえばいい。追い風だしな」
『わかった!』
元気な声が返ってくる。よしよし。
「ちょっと先生」
こそっと、カズが耳打ちしてきた」
「なにかね」
「食い物持ってるか、聞いみちゃいかがでしょ」
ふむ。悪くない。
「お二人さん、腹減ってないか?」
『豆が沢山あるから平気だよ! それとも、会えたらご馳走してくれる?』
「お、おうっ! 楽しみにしていてくれ」
『やったー!』
直ぐ横に居るのか、少年の『ぶははっ』と笑う声が挟まった。
まあ、よかろう。豆なら日持ちもするはずだ。
「じゃあ、寂しくなったら、また声をかけておくれ」
『寂しくなんてないよ!』
意外な返答だ。
『だって、こいつと一緒だもん!』
挟まる『おい、ちょっと』という少年の声。
若いっていいなあ。
とりあえず、がっかりさせてもアレだから、ご馳走を考えるとするか。
「ところで先生」
考えようとしたところに、カズが口を挟んだ。
「腹が減ったのかね」
「ちがいます。暑いっす」
そういや、わしら汗だくだ。
「文句言うな。海水でもかぶっとけ」
「マジっすかぁ~?」
ソーラーパネルは、移動と充電に全力で動かしてる。
彼らのためだ、冷房なんて贅沢は使っちゃこまる!
飛行機だ。
と、いうことが、チューバから来た画像を見てようやく分かった。
しかも、水上機だ。水面が無いと、飛べないわけだから、彼らの村の近くに広い湖があるのだろう。
海辺だとしたらとっくに村を見つけている、というのもある。
「しかしまあ、大風をくらってよく落ちなかったっすね」
「まったくだ」
運が良いのか、つくりが良いのか。
ぶっちゃけ、うしの能力については未知な部分が多すぎる。うしが作れるものについてもだ。
信頼性については、なんというか、高そうではある。
なにしろ、我がスポンサーと同じマークが刻まれているのだ。ある意味、随分と昔から商売しておるモンだと感心するしかない。
おおかた、うしもうしロボも、根本的なところで同じシステムで動いているから、心が通じ合ったのであろう。
と、まあ、製造元はなんであれ、山脈まではいうほど遠くないから、飛行機である以上たどり着くのは時間の問題だ。
問題は、水上に降りなければならないことそのものだ。
彼らは何らかの方法で飛んでいるとは見ていたが、わしは小型飛行船かなにかと踏んでいたのだ。あまりに遅いので、な。よくよく考えてみたら、ここらにある動力源といばソーラーパネルだけであり、それを使ったモーターの出力を考えたら遅くて当然なのだが。
となると、降りる場所に困る。
さすがに海岸から風溜まり間では遠い。
風溜まりは、雲溜まりでもあるから、雨水がくぼ地にたまってできた湖があったとは思うが、上手く降りられるだけの広さはあるだろうか。
海に降りてくれたらありがたい。到着時に荒れてない事を祈るしかないか。
荒れてるのに、海に降りろとも言えんから。
「先生、彼らに見せられるテクノロジーには制限があるわけですけど」
カズが雲溜まりの記録映像を開いて訊いてきた。
「なんじゃね」
「あんまり近づかれては、マズイのではないかと」
「何のために雲があると思うのだね」
「はぁ……」
カズはときどき心配性で困る。
だが、とにかく連絡は取ってみるか。
「雲には入っちゃ行かんぞ」と。
『うん、わかってる。うしが言ってた』
なんだ、通信担当も知っていたか。
「そうか。もし、雲のたまり場の外に下りるところがなかったら、海まで戻って待っていておくれ。必ず迎えに行くから」
『ありがとう!』
分かってくれてよかった。
じゃあ、わしらはずんずん追いかけるとするか。