01-2 友達____________________________
「僕はトンフア。空って意味なんだ」
あの日、僕はうしと一緒に村の仲間になった。
村人はそう、四十人くらいで、近くの森から切り出した木で作った、何件かの家に住んでいる。
住人には大人も子供も、男女ともいて寂しくない。
あと、わけあって老人は居ない。
そんな若い村で、体が大きなものは皆畑仕事をしていた。
うしが出せる食べ物は栄養は十分だけど、種類が少なくて飽きてしまう。
「なれてきたかな、トンフア君」
最年長のオサ、ヌンという男性が声をかけてくれた。彼でもまだ、壮年といったところで、老人には程遠い。
「下の村でも、畑仕事は得意でしたから」
僕は汗をぬぐいながら答えた。暑くても、湖にたくさんの水があるから、安心して畑仕事が出来る。
いまはもう、広い畑があるけれど、ヌンがここにきたときは何もなく、畑も一から作ったそうだ。
一といえば、ヌン始めの一人だから「一」という意味らしい。だから、最年長だ。
ヌンというのは、彼のうしが出てきたときに、それにちなんで付けてくれた名前だった。
そう……
うしは、「下の村」から出てきたみんなに、ひとつずつついてきていた。
今動いてるうしは、僕のも含めて十体。もう動かないのが十二体。
数が合わないの分は、ここで生まれた子供たちの分だ。
ヌンにも、二番目に下の村から現れた女性との間に、三人の子が居る。
彼らのうしは、もう動いていない。
願いを叶え、その力を使い切ると動かなくなってしまうと、ヌンは言っていた。
でも、彼は幸せだった。
ヌンがうしに言った願いは「一人じゃ嫌だ。みんなで暮らしたい」。
僕が上がってきたときは、直ぐに村が見えた。でも、ヌンが出てきたときは、誰もいなかったんだ。みんなで暮らしたいって言うのが、始めの願いになって当たり前。
ヌンが出てきて何十日かしたところで、女の子が現れた。それが、今のヌン夫人。みんなのお母さんみたいに慕われてる。
「おおい、トンフア!」
畑の真ん中で、少し年上の村人が声を上げた。
「種まきの準備が出来たぞ」
「ありがとう、今行くよ!」
僕は、下の村から持ってきた宝物……種を少しだけ手にして、彼のもとに向かった。
「ねえ、聞いてよ。僕の種、今日、まいたんだよ」
畑仕事の後、僕は“僕のうし”に話しかけた。
「無事に、芽が出るかな」
「種をまけば、芽は出る。あたりまえ」
うしは、ひとつ小首を傾げて言うと、もぐもぐと足元の草を食べ始めた。
どのうしも、用事がないときはいつも草をもぐもぐ食べている。
そういえば、ここは下の村と違って、何かを“食べる”いきものがとても少ない。
うしが生き物かどうかはよくわからないけど、僕ら人のほかは、トリと魚、それに虫くらいだ。
魚も、最初は居なかったんだけど、ヌンのうしが“一人じゃ嫌だ”という願いをかなえるためにいろんな種類の魚を出して、今では湖にたくさん泳いでる。水草とか、小さな虫を食べてるらしい。
トリは、白くて丸っこい、変な生き物だ。朝になると甲高い声で鳴き、タマゴを産み落とす。僕らはそれをもらって食べてる。タマゴっていうのは不思議なもので、トリから取り上げないでおくと中から黄色くて小さなトリがでてきて、そのうち普通のトリになるんだ。トリは、葉っぱとか虫を食べてる。
その虫は、何かをたべてるのかな。わからない。
うしは、ほんとに草だけ食べてるのかな。
「トンフア。これをあげる」
ごろん。
そんなうしが草を食べている姿を見ていると、久しぶりにおなかの扉を開き、軽くて丈夫な板を転がすように出した。
焦げてもいないのに真っ黒。どこをとっても真っ黒な板だ。
「飛ぶための、もの。うしは、これをたくさん作る」
「これで、飛べるの?」
投げたらよく飛びそうだけど、僕は一緒に飛べないな。
「そう。たくさん、たくさん、集める。そして、うしが言うとおり、組み立てる」
「部品なのかい?」
「組み立てると、飛べる。うしは、全部作るのを、約束する」
「ありがとう。どんどん作ってね」
「うしは、どんどん作る」
もぐもぐもぐ。
よく見ると、土ごと食べてるようだったけど、気にしない。
うしだし。
種をまいて数日。
毎日畑を見てるけど、まだ芽は出ない。
そんなすぐには出ないのは分かってるけど、やっぱり見てしまう。
「トンフア、土眺めてないで、こっちにおいで」
トルサという、ちょっと背が高い、少しだけ僕より先にこの村に来た女の子が僕を呼んだ。
大きな目をした、とても楽しい子だ。
「なんでしょう?」
「わたしのうしが、願い事の品を完成させたの。そろそろ出てくるわ」
彼女のうしが、庭先でごそごそと動いている。
「トルサ姉さんの願いは?」
「“見えないくらい遠くの人と、お話したい”だよ」
「かなうといいね」
ごろん。
おなかの扉がひらいて、細長い棒がついた四角い箱が転げ出た。片面が、僕のうしが出した黒い板みたいのに覆われてる。
「うしは、作った。これでいい?」
「これは?」
と、トルサが箱を拾う。
「ラジオ。電波通信機でも、いい。赤いボタンを押すと、遠くとお話できる」
「やった! あれっ?」
うしが作ってくれた“ラジオ”からは、ザーザーという耳障りな音だけがなりつづけていた。
「お話、できないよ」
「横のまあるいつまみを、まわす。相手と合えば、お話できる」
「そ、そうなんだ。試してみるね」
「だめだったら、うしに言う。うしは、違うのを作る」
うしはそういうと、またいつものようにもぐもぐと草を食べ始めた。
「がんばるぞー」
トルサはザーザーするラジオを持って草原に座ると、ぐりぐりとつまみを回してみた。
キュイキュイ、ザーザー。
音はするけど、話し声は全然聞こえない。
僕が一度畑仕事に戻り、日が暮れるころまた戻ってきたときも、まだぐりぐり回していた。
「うーん、時々声っぽいものが聞こえたような、聞こえないような」
「うしが、間違えたのかな」
「えー!? 今まで、うしが間違えたことなんて、ないんだよ」
トルサは、絶対にいい方法があると、日が暮れても回し続けた。
そして、ぱたりと音がしなくなってしまった。
「壊しちゃった、かな?」
「分からない。明日、うしに聞いてみたら?」
「うん、そうする」
そして――
翌日、トルサの様子を見に行くと、ラジオを二つ持って笑っていた。
「見て、見て。このラジオっての、相手も持ってないとお話できないって」
「そ、そうなんだ」
「うしは、相手いる前提で作った。話せるところにいないので、もう一つ作った」
「前提が違うんじゃ、しょうがないよ。せっかく作ったんだから、まずはトンフア、コレ持ってあの木の所から話してみて」
「えー、僕が歩いていくのかよ」
といいつつ、三百歩くらい離れた高い木のところまで移動してみた。
で、どうやって?
「おーい、トルサ! どうすればいいんだ!」
とりあえず、大声で話してみる。
「わははは、それじゃ意味ないよ! つまみは合わせておいたから、赤いボタンを押して!」
トルサは笑いながら大声で答えてくれた。
べこん。
ボタンを押してみる。
『聞こえる?』
「わっ!」
びっくりした。まるで、ラジオがしゃべってるみたいだ。
『わっ!』
あっちでもびっくりしてた。
「あーあー、聞こえてる?」
『きこえたよ。今度はもっと、遠くで話してみよう。村はずれの岩のところまで行くから、少し待ってて』
その日は、暗くなるまであちこちに移動しながら、トルサといろいろ話した。
当然のことながら……
畑に現れなかった僕らは、ヌンたち年長者に怒られた。
「やあ、ごめんごめん。つい調子に乗っちゃったよ」
トルサはそそくさと外に出ると、怒られた割にけろっとして言った。
「僕も。ちょっと楽しかった」
「でしょ? ねえ、うし。これって、まだ作れる?」
「つくれる」
トルサのうしが、のっそりと言った。
「じゃあ、作ってみんなで使おう。紙とペンみたいにさ」
紙とペンは、「思い出を、沢山残したい」という、何番目かに下の村から出てきた男の子、スィーがうしに願ってできたもの。
当たり前だけど、紙の上でペンを動かすと、色が残る。なぜかみんな「文字」を知ってて、思い出、っていうか記録をいろいろ残してる。
うしにとって作るのはとても簡単らしく、いつの間にかどのうしも頼めば作ってくれるようになってたらしい。
「ねえ、いける?」
「うしは、たくさん作る」
「でも、壊れない程度にしてね。うしがいないと、寂しいから」
トルサは、うしを労うようにぽんぽんと背中を叩いた。
うごかなくなったうしは、がんばりすぎたうし。みんなそれを知ってる。
「ンもぅ」
うしは鼻を鳴らすような太い声を上げ、またもぐもぐと草を食べ始めた。
それから、うしはのんびりと数日かけて三つめのラジオを作り、こんどはヌンがそれを持つことになった。