____________________02-1 フルート号
風がここちよい。
非常に、よい。
わがフルート号は、風を受けてとある村へ向けて進んでいる。
海流は穏やか。
フルート号はモーターを使うことなく進んでいける。
まぁ、お日様が出てるうちは、いつでもモーターが使えるわけだが。
「カズ! ちゃんと磨け!」
わしは、助手のカズこと和彦に声をかけた。
「ヒカル先生、なんで俺ばっかり」
えいうるさい。
一応、わしゃ考古学なんとか学会でそれなりの功績を、だな――
「うぎゃ!」
痛いじゃないか。いきなり船がゆれたわ。
「先生!」
おお、心配してくれるのか。
「なんかいた!」
「なんかじゃねえ、アレは島だっ!」
「俺?」
「お前は、シマダだ!」
助手はカズ=シマダ。
わしは人類考古学の権威、ヒカル=マツ、である。
島といってもだ。かなり大きくて、我らがスポンサーである総合電気メーカー製のソーラーパネルを広げ、大出力のモーター全開にしても回るのに数日かかるほどだ。
わしは、そんなでっかい島の一角にある小さな港へとフルート号を止めたわけだ。
スポンサーというからには、要所要所に宣伝用のロゴが描かれている。伝統ある四文字をモチーフにしたものだ。
でだ。
上陸した船着場から見上げると、石畳の道が村がある小高い丘へと続いていた。
村がある丘は青々とした草原に覆われていて、平らなところを見計らっては畑が作られておる。
草原の周囲は高い木々に覆われていてまた美しい。
「おっ、先生久しぶり」
カズと桟橋にフルート号をくくりつけていると、港の男が声をかけてきた。
「いよっ。景気はどうだい?」
「おぅ、ワカメとノリがたくさん取れたよ。食っていくんだろう?」
「もちろんともよ。そのために土産もほれ」
カズが台車に乗せて運んでおる、ここでは珍しい食い物、それと農具や工具だ。
「先生、重いっすよ!」
「商売だ商売。ただ飯が食えると思うな」
でもって、一番大事なのはソーラーパネル。こいつがないと、ここでは電気が作れない。
「商売って先生! うちらの商売って、考古学じゃないんすか?」
「つべこべいうな。飯がなければ研究もできんわい」
まぁ、飯は困らないくらいフルート号に積んではいるのだが、物々交換で得られる「飯の種」があってこその物なわけである。
てなわけでだ。
わしらは土産とともに丘の上の村まで登ったわけだ。
「ヒカル先生、いらっしゃい」
「こんちは、ムラオサどの」
丘の上、てっぺんあたりに巻貝のような形をした大きな塔が立っている。ムラオサは、その少し下にある彼の家でわしを出迎えてくれた。
「先生、変わりは無いかい?」
「わしゃ、相変わらずだよ。村はどうだい?」
「相変わらずだね。先生は、古代文明のなんとやらを見つけたのかい?」
「ここ何年も、まともなのは見つけてないねぇ。見つけても残骸とかばっかりでな」
ぶっちゃけ、ここの塔よりもしっかりした遺跡なんてのは、今のところ見たことが無い。
いくら丈夫に作ってたって、何百年もたってりゃしょうがねえ。
何箇所か、一応機能してる塔は、数箇所確認できている。おっと、“機能してる”ってのは、うしを伴った若者が定期的に中から現れるってことだ。
何百年ってのは、このうしと塔の年代測定をした結果からだ。測定誤差や損傷状況にもよるが、概ね八百年あたりのようだ。
「残骸ばかり? そんなもんかねえ。で、またウチの村の遺跡を見ていくのかい?」
「遠慮しておくよ。ここの番うしは元気すぎだ」
何度か、遺跡の主役である塔の中を調査しに入ったことがあるのだが、箱に頭と足が付いたような“うし”と呼ばれるモノに阻まれて中に入れなかった。無理して入ろうとしたら、咥えてポイと放り出されてしまった。
あの時は、腰を痛めてしばらく動けなかったわけだが。
まあ、うし本来の役割もあるわけだが。
「ああ、ところで、ウチのセガレだが」
「そっちも見つからないね」
こう答えるしかないのだが、オサはやっぱりがっかりした。
「海の向こうを見たいとか、どこまでが海か分からないのに出て行っちまってよぉ」
嘆くのも無理は無い。船に乗って海に出て、かれこれ何年もたつわけだ。
うしに「海の向こうを見たい」といって大きな船を作ってもらったとか言う、遺跡から出てきた女の子がおって、若いのが何人か連れ立って出て行ってしまったというのだ。
まあ、若者たちが希望を持って船出した、ということ。
たとえなら、めでたい。が、まんまだ。
しかして、十八年ばかりオサが手塩にかけて育てた一人息子が、行方不明とあいなったまま。
どこかで生きているという希望だけが、オサを動かしてるようなものだ。
と、わかってて、わしらがどうにかできるものじゃないわけだが。
「まあ、アレじゃ。一緒にうしも乗せて行ったって話じゃないか。飲み食いには困らんし、どっかで生きているじゃろ」
われながら当たり障りのない事を言って、なんとか締めくくる。
いつものことだが。
「まあ、見つけたら教えてくだされ。で、先生はこれからどこに?」
「川っぺりの村に行ってみるつもりさ」
わしが見つけた別の遺跡、と言いたいところだが、かなり昔にこの村を出た人たちが作った村なんだそうじゃ。
前に行ったとき、こっそり毛を拾って分析にかけたが、まさしくオサたちの親戚であった。
惜しい。
「一応、村にセガレたちが流れ着いてないか、見ておいてくれんかね」
オサが半ば諦め顔で頼んできた。
わしとしては、「ええ、見させてもらいますわ」と、また無難に答えるしかなかった。