____________________01-8 エピローグ:階段(再)
あれから、五年。
この惑星の公転周期で五回。
出入り禁止をやっと解かれて、久しぶりにやってきたわけだ。
その間、わしは引退していたわけじゃなくて、カズを含む弟子たちに現地周りは任せ、研究所にはちゃんと出ていた。
いや、それにしても長かった。
最大で二百年近く生きる人間たちとちがって、わしら牛は長くて五十年。
図体はでかいというのに、くたばるのは早いのだ。
で、解禁になった理由の一つが、人口がある程度増えてきたこと。
わしらにとって“普通の暮らし”にあたる、当たり前のように星を行き来する有様を知ったら、一部の者は間違いなく出てきてみたいとおもうだろう。
だから今まで伏せていたのだが、人口が増えた今ならば少々出てきたところで、この惑星の人が居なくなってしまうことがなくなった。
もう一つ。
惑星全体の気候が、かなり安定してきたということもある。
あの飛行機や、フルートくらいの船で行ける範囲なら、人間が何処に行っても安全な気候になったということだ。もちろん、悪天候や寒さ暑さはあるが、危険と思ったらさっさと逃げ出せる程度には安全になった。
百年単位でかかったらしいがね。
雲溜りで回っている大きな扇風機も、今は大風を起こすことはない。
大災害でできたという、対流圏を分断しているあの山の向こうに、十分な量の水がたまったからだと、我がスポンサーの偉い人が言っていた。
もう少し詳しく言うと、大風で水分を含んだ空気を高いところに吸い上げて、雨を降らしていたわけだ。で、山はだを削って作った巨大なオケで集め、水路を使って向こう側に流していた。
もはや、無理やり雨を降らす必要がなくなったから、こっちの空気をぼちぼち流すために、そよ風を吹かせているだけに、あいなったわけだ。
まあ、気候のコントロールはまだまだ続くわけらしいが。
久々なので行きたい所は沢山あったが、まずはあの二人、トンフアとトルサの村に行くことにした。
さっき、ラジオで声を聞かせたら、凄く喜んでいたもんで、こちらも楽しみだ。
というわけで、新たに作ったデカい飛行機で村に向かっている。
しょうがないだろう、彼らの飛行機じゃ、わしとカズを乗せていけないのだから。
村に着くと、驚いたことに、飛行機が五機も船着場に浮いていた。
それと、大きな黄色い花が並んだ花畑が目に付いた。
「セーン、久しぶり!」
ずいぶんと逞しくなったトンフアが、手を振ってやってきた。
どうやら、彼らの中でわしはヒカルではなく、“光”ことセーンなのだろう。
「セーン、みてみて!」
後から、赤ん坊を抱えて子供の手を引いた、これまた大人びたトルサがやってきた。
「久しぶり。元気だったようだね」
わしは飛行機を降り、二人に挨拶した。
「ほらほらほら、あたしたちの子だよ」
やっぱりというべきか、二人は子供を作る間柄になっていた。
ひとまず、めでたい。
「あの、はじめまして。自分は、ヒカル先生の助手で……」
「わしの友達の、カズだ。こっちにも、人間の友達くらいおるんだぞい」
空気を読まんか、まったく。
「ああ、どうも。友達のカズです」
愛想笑いを浮かべるカズ。まあよろしい。
「セーン、カズも! 歓迎の準備ができてるよ。おいで!」
手を引かれて、というのは無理だが、とにかく彼らに押されて村のほうに向かった。
村では歓迎を受け、もみくちゃにされ、子供たちになでくりまわされた。
そんなに、わしの毛皮の手触りがいいのかね。
ご馳走も沢山出てきた。
トリ肉とかも出てきたが、食えない体質なのでカズにやり、わしはもっぱら葉っぱや木の実ばかりいただいた。
そのなかに、やけに旨い実があった。
「これは、何の実かね?」
気になって、トンフアに聞いてみた。
「“ひまわり”の、種さ。いっぱい取れるから、撒く分以外は食べるんだ」
「おお、“ひまわり”とな。あのでっかい、黄色いやつかね」
わしは、花畑のほうに鼻を向けて訊いた。
「うん、そうだよ。美味しいでしょー」
トルサが笑いながらお変わりをくれた。
むむ、んまい。
てな。ひまわりの種ではないか。
ひまわりの種、か。
もしや、アレだ。
めちゃくちゃ大事なことを思い出した!
もちろん、聞いてみる価値はある。
「元は、下の村から持ってきた種かね?」
トンフアが「そうだよ」と、一つまみ食べる。
「そ、それで、新しい種なのかい?」
「もちろん、採れたてさ!」
「そんなに美味しい??」
トルサがうれしそうに、どさっとおかわりをくれた。
「いやいや、こんなに食えんが、生の奴をお土産にくれないか?」
「えっ?」
わしの言葉に、トルサとトンフアが目を合わせ、その目を丸くした。
そりゃまあ、いきなりは無理かな。
「もちろんさ! 次にセーンと会えたときのために、沢山作ったんだ!」
その夜、トンフアは大きな袋いっぱいに詰められた、ひまわりの種をお土産にもたせてくれた。
「また来るぞ、今度は近いうちに!」
「待ってるよ」
「またねー」
わしらはは翌朝トンフアたちに別れを告げると、近くの水辺でチューバに乗り換え、ひとっとびに川辺の村に向かった。
フルートに乗り換えて半日、川を登る時間がもどかしい。
「お、先生久しぶり」
「ちょっと山まで行って来る!」
村人との挨拶半分に、山に向かって駆け上る。
懐かしい気もするが語るのは後回しだ。
全力で登って、途中で息切れして、それでも何とか塔にたどり着く。
ここからは下り。
楽と言えばらくちんだが、螺旋階段から転げ落ちないようにだけ気をつける。
「つ、ついたぁ!」
やっと球体の前だ。
「先生、どれだけ急いでるんすか」
「なんだカズ、おったのか」
「えー」
等と話していたので、目の前に塔のうしが居ることに気がつくまで、少々かかった。
「うしは、待っていた。ここを、あける?」
「お、おう。これで、開かないか?」
わしは、“新しいひまわりの種”を差し出した。
これをどうやったら開くのかわからんが、とにかく出した。
「おしい。でもだめ」
なんと、うしは一目見て却下しよった。
「違ったのか?」
「うしが望んだのは、うしたちが話した言葉と同類の、新しい言葉」
「意味が分からん」
「だったら、開かない」
参ったな。
開くとおもったのに。
「先生、また今度で。そのうち見つかりますよ」
「ええい、慰めなど要らんわ」
「色々と大変だったのは分かりますが……」
カズはわしの頭をさすりながら、言葉を続けた。
「海を渡って、空を飛んで……」
「言葉をもらった」
「何ぞ??」
突然の反応だった。
わしが持ってきたブツには何もなかったのに。
「扉は聞き入れた。開けられる」
振り向いてごんと球体の扉を叩いた。
がこん。
扉が開き、中の廊下が見える。
奥に行くと、ベッドのようなものが置かれた部屋に着いた。
が、あちこち焼けて壊れて、無残な状況だった。
「この様子じゃ、下の村には降りられないな」
この先に部屋はなさそう。そしてこの壊れようでは、球体ごと下がるのも難しそうだ。
「帰りますか……」
「この部屋、死んでない。開けられたので、修理できる」
「どういうことだ?」
何度このせりふをはいたことか。
牛頭では分からぬことが多すぎだ。
「塔とその下にあるものは、大災害のシェルター」
「なんと。こんなに大きなシェルターが必要なくらいの災害だったと? これで、何人生き残ったのだ」
「ひとり。ぜんぶのシェルターあわせて、ひとり」
「だが、現に他の塔からは村人が」
「遺伝子情報のみ、生き残った。あとは、うしが材料を運んで人にした」
「うしってぇのは――」
「壊れかけのシェルターで、人を“つくる”ように作られた機械。それだけ」
なんと……
「年代がかけ離れてるのは、シェルターよりもうしが大幅に新しいからなのか?」
「そう。塔の補修も、うしの年代の材料をつかう」
いやはや……
「なんだか、SFみたいですね、先生」
「えすえふ?」
「サイエンス・フィクションっすよ」
ふおん。
空気が動き、壊れかけていた機械に光がともった。
「言葉をもらった。ここは、見た目より元気」
またわけが分からん。
「知らん。牛は知らん」
うしの頭やら、人の文化など良く知らんわ。
まったくもって――
SFなる言葉が、そんなに大事なのか?