須藤 亘3
「さて、お前がやる範囲はこの棚田の部分だ。」
黄金色の稲穂が実る田んぼを前に良平さんは俺にこう言った。
「ここは機械が入らなくてな…やり方はまぁ少し見てろ。」
そう言うと良平さんは田んぼの中に入り稲を鎌で根元から刈り取った。
「こんな感じだ。刈り取ったやつはあの機械に通して実をとったら刈り取ったところに山にしておいておけ。…あぁ膝の高さ位になったら新しい山にしてくれ。以上だ。」
俺は言われた通りに作業を開始し始めた。その横で何故か亜美ちゃんが張り切っている。
「よし!早く終わらせようね!」
「…これは俺の仕事だから亜美ちゃんは別に頑張らなくても…」
俺が言い淀んでいると亜美ちゃんはにっこり笑って言い返してきた。
「二人でやった方が早いでしょ!」
「いやでも…亜美ちゃんが受験に集中するために俺が来たんだしさ。勉強して…」
「いーのいーの!帰ってから頑張るから!さ、口じゃなくて手を動かしましょ~」
俺が止めるのも聞かずに亜美ちゃんは仕事を始めた。俺は遅れながらにそれに続く。
(…何か…手伝ってもらうって落ち着かんな…)
今までずっと一人で物事をこなして来ていた俺にとってこの環境は不思議でならない。
亜美ちゃんに勉強を教えて手が空いていなかったりすると気が付けば良平さんが食事を作っていたり、農作業に苦戦していると良平さんがアドバイスをくれたり亜美ちゃんが手伝ってくれたり…俺は金を貰っているのに家より楽をしていていいのだろうか?
考え事をしながら農作業を行っていると大分亜美ちゃんに差をつけられていた。
「おーい!遅いよ~?」
「亜美ちゃんが早いんだよ…」
俺は苦笑しつつ手を早く動かし始める。差は広がらなくなったが埋まることもない。亜美ちゃんは端まで行ったところで止まった。少しして俺は追いつく。
「じゃ、亘さんこれ持って突っ込んできて。私は山作る。」
こういったやり取りが何度か繰り返された後、俺が受け持った所の作業はすべて終わった。土手に腰かけると亜美ちゃんが隣に座った。
「お疲れ様~」
「あぁお疲れ様。…さて、帰ったら化学だね。」
「うえっ…もう勉強の話~?」
嫌そうな顔をする亜美ちゃん。だがこれでも俺が言った話の理解は早いし暗記も得意だ。こんなに地頭がいいのに何故あんなに簡単なことが分からなかったのか不思議でならない。
「あ!でも昨日ね。亘さんに教えてもらった公式使ってみたらテスト10分で終わったの。で、満点!先生にもびっくりされちゃった!」
隣で無邪気に笑う亜美ちゃん。俺としてはその先生とやらの教える力にびっくりしているところだが…亜美ちゃんの話が本当なら昨日は中間テストだったよな…10分で終わるって…答案結果もその日にわかってるし…
俺がその辺どうなんだ?と思っていると亜美ちゃんは少し顔を近づけて悪戯的な笑みを浮かべた来た。
「…だからさ、今日は亘さんも疲れてるだろうし、私の満点記念で勉強お休みに…」
「…終わったか。」
「げっ…おじいちゃん…」
「…まぁ今日はいいだろ。本当に満点だったならな。亘くん。満点じゃなかったときは…」
「…わかってますよ。」
苦笑いしかできない。その横で亜美ちゃんは喜んでいる。
「やったぁ!言ってみるもんだね!じゃあ亘さん!今日はお喋りタイムと言うことで!」
「…まぁいいよ。」
彼女も俺が訳ありと言うことは知ってるしあまり踏み込んでも来ないだろう。…それに過去の話だし聞かれても特に問題もないしな…
ガッツポーズしている亜美ちゃんをぼんやり見ながらそう思っていると良平さんが俺にだけ聞こえるように呟いた。
「…お前の母親は逆切れして家から出て行ったようだ。」
(そうか…思ったより何も思わないな…まぁそれだけ俺の心が離れてたってことか…?)
俺は良平さんの言葉に黙って頷いた。




