逃匿せず
「お帰り。外が騒がしいけどどうしたの?」
亜美が帰って来ると亘が玄関先に出ようと2階から降りていたところだった。亜美はそんな亘に微笑んだ。
「ちょっと狐と猫が来ててね。可愛いってはしゃいでるの。」
「へぇ…ここじゃあまり珍しくもないのにな…じゃあいいか。」
亘は興味を無くしたらしく外に出るのを止めたようだ。そして亜美に軽く笑って言った。
「これから数学ね。中学生の範囲だけど少し難しいから、逃げないようにね~」
「えぇ~…この前みたいにまた高校生の範囲じゃないですよね…」
亜美も冗談めかして笑い返す。亘は笑い続けると軽く手を挙げ、「待っててね」と言って自分に充てられた部屋に教科書を取りに行く。
その後ろ姿を見送って亜美は溜息をついた。
(…大人は変な考えを押しつけ過ぎだし、亘さんの知り合いは自己主張を押し付け過ぎ…自然となるようになるから放っておけばいいのに。)
「経験者は語る!」
「…急にどうしたの?」
亘が教材片手に帰ってきていた。亜美は少々顔を朱に染めると目を逸らして小声で続ける。
「ちょっと色々ありまして。…さてさて、どうなるかなぁ…」
「何の話?」
亘は首を傾げながら亜美にそう尋ねるが、亜美は何も答えてくれないので授業を進めることになった。
が、しばらくしても喧騒は止まず、流石に不審に思った亘は授業の息抜きがてら外の様子を見ることにする。
「ちょっと外見て来るから。亜美ちゃんは休憩。」
「うん。」
亜美は亘の後姿を見送って考えた。
(私は周りの期待と考えに押しつぶされて勉強を捨てて一回逃げた。そして今、やりたいことを見つけて自分の意思で勉強してる。…亘さんはどうするのかな?)
それは自分に重ねた思考。昔の自分は今の自分のことを想像することはできないと思う。
(誰も他人の事なんかわからない。自分で選ばないとね。…でも出来れば行かないで欲しいかなぁ…)
そんなことを思う自分に苦笑し、亘が淹れたお茶を飲んだ。
「ん。おいし。」
彼は今、玄関まで出た所で聞こえてきた声に絶句している。何故、彼女たちがここに居るのか分からない。
(何で…まさか先生か、良平さんが…?)
幸い誰にもまだ気取られていない。話を聞いてみると彼女たちは自力で見つけ出したという事だ。
手法が全く分からない。何故見つかったのか分からないし、何故ここに居るのか全く分からない。
(まさか…発信機か何かつけてたのか?…いや、それなら平日である今日来た理由が分からない。もっと早くに来ていたはず…大体何しに…?)
固まっていると信じられない新事実が耳に入ってくる。曰く、財部が亘のことを好きだということ。泉もどうやら亘を家族としてではなく異性として好きだということ。
亘はその事実に大混乱に陥っていた。
(おかしいだろ。財部は城崎と…泉は俺の事なんか眼中になかったはず…)
思い出すのは学校での会話。家の中での対応。
財部のことは疑いようもなく城崎本人から聞いた。それに財部もよく会っていると言っていたのを覚えている。
泉にしろ家で時折話をすることはあってもそこまで仲は良くなかったはずだ。仲が良ければ亘が加奈子の代わりに全ての家事をやっていたことに気付くはずだ。
(俺は家事をしているかどうか聞かれたこともないしな。俺の事なんか眼中に入ってなかったはずだ。)
思い出しても彼女たちの言葉が理解できない。…だが、彼自身に用があるのは間違いないだろう。その為に嘘をついていると考えるのが自然だ。
(…なら行かないとな…逃げてばっかりじゃやっていけない。少なくともこれ位から逃げるようじゃこの後一人で生きていくことなんかできないだろ。)
亘は自分に喝を入れ、玄関の扉を開いた。
「どうかしたんですか?」
さぁ、俺はもう逃げないぞ。
…「納豆を舐めないでください」とか息抜きに書きました。こんなもの書いてる暇があったら本編進めろって話ですよね。すみません。




