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(元)須藤 加奈子

「くそっ…あの屑ガキ!産んでやった恩を忘れやがって!」


 加奈子は須藤親子を追い出した後、家でひとしきり亘のことを罵って枕などに八つ当たりして自身を落ち着かせた。


「はぁ…はぁ…そうだ…あのメスガキが…ふざけたことを言ってたが…」


 辺りにものが散乱し、自身の体力が尽きて来た頃加奈子は冷静になり、ふと泉の言っていたことを思い出した。


「私が財部家に切られた?そんなわけないじゃない馬鹿ガキ…いいわ。確かめてやろうじゃないの。…でも まぁ今は通学している時間だし…後でに…」


 とりあえず時間が過ぎるのを待つことにした。そしていつも亘が帰って来ていた時間にさしかかろうとする頃、加奈子は財部家の方に向かって行った。



















「あら、彩愛ちゃん。」


 なるべく偶然を装って加奈子は何やら急いで下校して来た財部を待ち伏せていた。そんな加奈子に財部は一瞥もくれずに家の中に入って行った。


「…あ、あら?」


(…ま…まさかあのメスガキが言ってたことが本当に…)


 加奈子の顔に冷や汗が流れ落ちる。だがすぐに財部は田辺を伴って家から出て来た。その二人に加奈子は近づく。


「こんにちは。」


 挨拶をすると財部はもの凄い嫌そうな顔を加奈子に向けた。


「…折角見なかったことにしてワー君の手掛かりを探すところなのに…態々何の用ですか?」


 今まで加奈子が見たことのないような冷たい視線を向ける財部、そんな財部を田辺が制した。


「…お嬢様。お嬢様が相手をするまでもないことだと…」

「…でもワー君を虐めてたんだよこの女!昔からワー君の悪口言ってくるし!」


 二人が言い争いをする光景を見て加奈子は敏感に察した。この二人は自身に敵意を抱いていると。加奈子はそれだけを確かめるとすぐにその場から逃げ出した。その後ろ姿に財部から追い打ちがかかる。


「ワー君の母親だったから何も言わなかったけど個人的にあなた大っ嫌いです!」


 加奈子はその後どうやって自宅まで帰ったのか分からなかった。



















「クソッ!クソッ!どいつもこいつも!」


 加奈子は自宅に帰ってしばらくの間悪鬼羅刹の形相で暴れていた。だが身の回りに簡単に動かせるものがなくなって加奈子は軽い放心状態でソファにへたり込んだ。


「どうして私が!どれもこれもあのガキのせいで…!」


 思い浮かんだのは亘のこと。加奈子の心には怒りが沸いて来た。


(あいつが大人しくずっと私の下で働いていたら…!産んでやった恩を忘れやがって…育ててやった恩を忘れやがってぇ!)


「…そうだ。私の身の回りが滅茶苦茶になったのはあいつの所為だ…なら…あいつの人生も滅茶苦茶にしてやる…」


 加奈子はそこで外を見た。外はすでに暗くなっている。相当な時間暴れていたようだ。


「…自分だけいい目を見られると思うなよ…」


 加奈子は呪詛の言葉のようにそう言うと家から出て行った。


(…まずはあいつの行きそうなところ…あの優しいだけの屑男の実家か?)


 加奈子が外に出てから行き先を決めると後ろから声がかかった。


「…こんな夜更けにどこへお行きになるつもりですか?」


 その言葉に驚き、少しだけ跳ねる。そして声の主を見ると怒りが沸きあがった。


「貴様は…確か担任の…」

「江口と申します。」


 すまし顔で眼鏡を上げて言ってくる女に加奈子は掴みかかった。


「お前がまともに教育してればぁっ!」


 そんな加奈子の行動を冷静に見て腕を取るとそのまま後ろに回り込んで加奈子の腕を極めた。


「…落ち着いてくれませんか?」

「黙れぇっ!離せこの腐れビッチがぁっ!」

「…ふぅ。」


 ため息交じりに江口は加奈子を制したまま続ける。


「…正直あなたは最低です。亘君はあなたの道具では…」

「親が子の人生を使って何が悪い!子も持ったことのなさそうな若造がぁっ!」


 そこで江口は思いっきり加奈子の頬を叩いた。


「黙りなさい。」

「五月蠅いっ!関係ない部外者が!何様のつもりで親子の問題に口を出すんだよ!」

「私は亘君の担任です。」


 半狂乱になっている加奈子に傲然と江口は言い放つ。そしてあまりにもうるさく暴れたてるので意識を落とした。


「…ここまで腐っているとはな…」


 大きく溜息をついて江口は加奈子を担いだ。そして後ろに声を掛ける。


「黙って見ているあたり…『エレンホス』の監視員か?」


 その声に反応したかのように後ろから人が出て来る。メイド服を着た女性だ。


「…いえ、個人的に関与しているだけなので監視…と言うわけでもありません。」

「そうか。」


 短く反応した後江口は後ろを向いた。メイド服を着た女性は加奈子を指さして尋ねる。


「…そちらの方はどうなさるおつもりですか?」

「…さぁな。とりあえずは遠くに送る・・・・・ことになる。」

「『エレンホス』に確認はとってますからそれが本当でないことは分かってますよ?」


 田辺は薄っすら微笑んだ。江口は苦笑する。


「…実家に送るよ。須藤から預かったムービーごとな。それで金輪際関わらせないように言っておくさ。」

「…そうですか。因みに他にも聞きたいことがあるのですが…」

「…何だ?」


 他に知りたいことなどあるのか…?と思って江口は心当たりを見つける。


「…須藤の居場所か…」

「できれば私のお嬢様の為にも教えてもらいたいですね。」

「それはできんな。私の教え子のために。」


 圧力のあるほほえみに対して真っ向から対峙する江口。しばらく無言でのやり取りが続いたがメイド服を着た女性の方が先に圧力を解いた。


「…そうですか。住職の方に伺ったところあなたが良いと言えば教えてくれるみたいだったんですけど…」

「少なくとも今は駄目だな。」


 きっぱりと言って用件はそれだけかと問い返す。


「…ですね。…それでは。明日からお嬢様がそちらに向かわれると思いますのでどうかよろしくお願いします。」


 そう言ってメイド服を着た女性は音もなく去って行った。それを見届けて江口も暗がりの中に消えて行った。



 


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