第1章 鬼流駆よろしくお願いします
重たい空だ.近い,近いよ.なんという近さだ.なぜ私に近づいて来ますか.なぜそんなに低く,垂れ込めるのですか.私をその汚らしいヨダレ汁で濡らしたいのか.いや違う.そうか,そうなのだ,私は鬼流駆だ.私の名前は鬼流駆・灯枡なのだ.私には夢がある.あの雲の向こうに燦然と輝いているであろう太陽のような,熱く,大いなる夢があるッ!
あぁ、空はこんなに明るいのに私にとってはその明るさが怖い.
私は鬼流駆、元FBI捜査官である.
今こうしてジパングのミラーマウンテンパークのベンチで今日唯一の食事、クリイムパンを平らげているなどとは・・・
缶コーヒーのゆるい甘さが憎い.
なぜ、こんなことになったんだろう,なぜ・・・
いや,これでよかったんだ.
もう二度とあんな生活には戻れない.いや,戻る気もないが.
私の目の前で学生らしき集団がサッカーをやっている.
ダラダラと謳歌しているな.
私もある意味で自由だ.
何にも束縛されない.
仕事もない,家族もいない,もちろんお金もない.
ただその日,その日を恙無く生きていくだけの人生だ.
日雇いのバイトがあれば豪華な食事と漫画喫茶でのシャワー.
バイトがなければ今日のようにクリイムパンのみ.
デェェェェェェン ドュエェェェェェェン
携帯フォンが鳴っている.
バイト探しのためだけに使っているプリペイド式のフォンだ.
私の地元ではテレフォネ・アンチシパダメンチと呼んでいる.
「はい,鬼流駆です.」
出来るだけ愛想良く応えた.
どうやら次のバイト先が決まったようだ.高校生の英語の家庭教師とのことだ.
時給が高く久々にいい食事にありつける.
「よろしくお願いします.」
精一杯丁寧に返事をした.
私には夢があった,大きな夢が.
しかしその夢も今となっては叶わない,悔しい.
ただ,どこかで夢を諦めることができてよかったと思う自分がいる.
今のうのうと生きている自分,命を懸けて夢を追っていた当時の自分・・・
そろそろ動くか,この時間になるといつも災浄DQNと呼ばれるやんちゃな青少年が現れる.
彼らとは極力接したくない.
暴力を振るわれでもしたら、せっかくの家庭教師のバイトに行けなくなってしまう.
少し歩くことになるが西城大学のキャンパスに移動しよう.
あそこなら少しは安全だろう.
あれだけ照っていた太陽が大きな雲に覆われている.
夕立の予感がしたと同時に大粒の雨が降ってきた.
私は急いで西城大学へと向かった.