表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

見上げる星は

「今日は、叔父上がお帰りになったら、稽古を見てくださるのです」

 竜樹たつきが満面の笑みで言った。

 息子は今年で、八つになった。いささか痩せ気味のこの体のどこに、と思うほど、元気が有り余っているようで、手を焼いている。

 この間、竜樹は素直で筋が良いと褒められ、随分喜んでいた。八雲が登城している間に、折を見て素振りをしている姿は、微笑ましい。

「ほんに、叔父上によう懐いていること」

 父を知らぬこの子が、叔父にその姿を重ねていることは、皆分かっている。

「叔父上は、なんと言うか、格好良いのです。強くて、優しくて・・・私は、叔父上のようになりたいのです」

 小春こはるは、小さく息を呑んだ。


―――義姉あね上。私は、兄上のようになりたいのです。


 声変わりしたばかりの少年の声が、耳の奥に響く。

 数年後にかき消えてしまうとは、つゆと思わなかった夫の背を、ただ純粋に追っていた義弟おとうと。あの頃の彼と、きらきらと目を輝かせる息子が、はっとするほど重なった。

 思いがけず瞳が潤みかけ、小春は慌てて微笑んだ。

「そう・・・そうですね。竜樹もいつか、叔父上のようになれると良いですね」

「はい!」

「叔父上もお忙しいのですから、あまりお手を煩わせてはいけませんよ」

「分かっています」

「心得ております、と言うのですよ」

「はい、母上。心得ております」

 そうこうしていると、軽やかな足音が、廊下を渡ってくる。竜樹がぱっと首をめぐらせた。

「義姉上。失礼致します」

「叔父上、お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ」

「戻りました。・・・竜樹」

 明らかに、うずうずとしている竜樹を見下ろして笑い、八雲は朗らかに言う。

「行こうか」

「はい! 支度をして参ります」

 立ち上がり、元気良く駆けて行く。竜樹に続いて、部屋を出て行きかけた八雲は、ふと振り向いた。

「義姉上? どうかなさいましたか」

 じっと見ている小春を、瞬いて見返す。

「・・・八雲殿」

「はい」

 八雲は首だけでなく、体ごと向き直った。

 自分よりよほど背の高い、すらりとした義弟を、小春はとっくりと眺めた。

「ご立派になられました」

「はい?」

 小春は、ふふ、と笑った。

「・・・義姉上、本当に、いかがなされました」

「いいえ、こちらの話です」

―――小春と竜樹を頼むと、言われました。

 今も鮮やかに、脳裏に蘇る。夫が亡くなる前後の記憶は、涙で滲んで、霞がかかったようにおぼろげだ。その霞の中で、そこだけが、くっきりと鮮やかに。

 自分も痛々しい顔をしながら、それでも微笑んで見せる義弟と、赤く泣き腫らした目で自分を見上げてくる義妹を見て、小春は微笑み返した。・・・夫が息を引き取ってから、その時初めて、微笑むことが出来た。

―――至らぬ義弟ですが、義姉上の支えとなれるよう、精進致します。

―――義姉さま、八雲兄さまも、優月ゆづきもおります。竜樹だって。義姉さまを、ひとりぼっちにはさせません。

 微笑みながら、ほたほたと涙がこぼれた。

―――義姉上。

 おろおろする八雲を見て、小春の涙は一層溢れた。

―――八雲殿も、あまり気負われますな。

「自慢の義弟が、よう成長してくれて、嬉しいのです」

「はあ・・・」

 身重の妻を見る彼の瞳は、甘く優しい。かつて、自分に向けられた瞳が思い出されて、時折、胸が優しく疼く。懐かしく、温かい痛みが、じわりと胸の奥をくすぐる。

「八雲殿、竜樹を頼みますね」

「心得ております」

 頭を下げる義弟を見て、小春は柔らかに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ