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002

 暗い雪洞の中、壁から洩れる光は幽かに照らす。

焚き火は既に消化し、雪洞の中は寒さで満ちている。

それでも外の風雪を遮っている分まだましだろう。

雪洞でなかったら、早々と凍えて凍死しているはずだ。


 ふと、見慣れないものが視界に映る。

広げた布。

それは自身が持ってきたものだけれど、

どうして広げられているのか。


「・・・・・・ああ、拾ったんだっけ」


 思い出した様に呟いた言葉は雪洞に反響する。

 昨日、打ち拉がれた様に、彷徨う様に此処まで戻り、

その途中で見つけた生存者。

明らかに異質なその存在を。

けれど、それが幻だった様にあの少女は居なかった。


 やがて、それを受け入れた様に男は立ち上がる。

置いてあった荷物から干し肉を取り出し齧る。

硬い肉を飲み込み、ウィスキーボトルに入ったアルコール度数の高い酒で喉を潤す。


 熱因子で体の周囲を暖めてもいいが、

昨夜でかなりの原始因子を消費したためにこれから街に帰るまでは多少の節制をしないといけない。

それに本来なら此処に戻る予定ではなかった。

氷獄で予想外の事態に陥ったために街に帰るのだ。


 コートを着て帽子を被る。


    ●



 荷物を纏めて雪洞の出口であるトンネルに入る。

雪洞もそうだが、トンネルを作るときは両面から重力因子の加重し、

雪を圧縮して作る。

丈夫に作ろうとすればそれなりの因子を使わなければならない。


 トンネルの途中で機械大剣を稼動させる。

 稼動した機械は空中にパラメーターを映写する。

スロットから重力因子の斥力を選び放出する。

斥力は機械大剣を中心に放射されトンネルを吹き飛ばす。


 苦労して造っても、不要になれば捨てる。

いつもこうだ。

根無し草の自分にとっては造形物や住処は唯の物にしか過ぎない。


 トンネルに開いた風穴からは風が吹き荒れる。

その風穴から這い出て深雪(しんせつ)の街に向かう。

けれど、振り向いた方向には幻と思おうとしていた少女が居た。


    ●


 少女は遠くにある深雪の街の方向を向いている。

風雪が吹き荒れるなか、深雪の街は城壁の影が僅かに見える程度だった。

そんななか、少女は微かも動かず、僅かも揺れず、その方角を向いていた。

少女はその見続けている。


 昨日見た時と同じ様に薄い衣以外は何も着けていない風に見える。

しかし、それでも昨日と同じ様に周りの風は少女を避ける様に流れている。


 歩く。

積もった雪を踏み潰しながら歩く。

深雪の街の方向に。

少女の居る場所に。


 やがて少女の居るすぐ近くまで近づいても少女は振り向かない。

「おい」

声を掛けると少女はゆっくりと振り向く。


 癖のある黒い髪の毛。

整った顔立ちの両眼は黄金色。

それは〝忌み(エラー)〟と呼ばれる人種だった。

曰く、その黒い髪は闇に紛れる為の保護色。

曰く、その輝く瞳は身に潜まる欲望の表れ。

それはこの國で最も嫌われた色だった。

それは彼――ブラック・ブラッド――と同じ色だった。

 哀れみは無かった。

同情は無かった。


「―――」


 少女が口を開く。

何かを言おうとして。

其れに釣られる様にブラッドも口を開く。


 だが音を発する前にブラッドは少女を抱き横に跳んだ。


    ●


 右手には機械大剣が握り締められている。

左腕で少女を抱きかかえる。

単純な重量では機械大剣の方が重いだろう。

けれど、人間と言うものは案外動く事で重量より重く感じる。

機械大剣の重さに慣れているというのもあるのだろうけれど。


 少女がつい先程まで居た場所は、雪が吹き飛んでいた。

抉れ、地面を露出させていた。

そこに居たのは黒い者。

〝忌まわしきモノ(バグ)〟と呼ばれる者。

この國の唯一と言っても言い程害を成す者。


 黒い腕と躯。

針金の様な胴体と脚に巨人の腕の様な右腕。

一定しない姿の化け物は澄んだ鳴き声を上げる。

大きさは人間と同じくらいだろうか。


「Rururururuuuuuu―――――」


 宛ら楽器の様な鳴き声に耳を奪われ殺された者も居ると言われるほどに、

その鳴き声は綺麗だった。


 だが、彼は音にはまるで興味を持たず右手の機械大剣を構える。

パラメーターは既に表示され保管されている因子を表示している。


(原始因子が残り3%を切ってるな)


 原始因子は全てのエネルギーとなる因子。

無くなれば因子を事象として放出する事は出来なくなる。


 スロットの因子には火属性収束系燃焼因子と土属性斥力系重力因子の二つがセットされている。


火属性収束系燃焼因子、これは例えで言うならバーナーーがイメージしやすいだろう。

一方向に火炎の事象をを収束して放出する事が出来る。

 火属性は四大の一つ火を意味し収束系以外には放射や拡散などがある。

燃焼は事象を表し他爆発、酸化、熱などがある。


土属性斥力系重力因子、こちらは反発する力。

東の大渓谷に存在する斥力場から抽出したもの。


(3%で何処まで出来るか)


 歪な刃の大検を構える。

片手に掛かる重量は半端ない。

けれど今となっては慣れたものだ。


 忌まわしきモノが右腕を上げる。

振り下ろす。

バックステップで左後ろ避ける。

風圧で積雪が吹き飛ぶ。

今度は地面に半ば埋まった腕を力ずくで薙ぎ払う。

先程と同じ様に雪が掻き飛ばされる。

それをバックステップで避け、大剣を振り下ろす。

細い左腕で受け止められる。

食い込んだ刃は引き抜けない。

右腕が返ってくる。

因子を放出し焼き切りながら引き抜く。

吹雪の様に風を切り、ぎりぎりでブラッドの体を掠る。

コートが破けその下の服を顕にする。

致命傷ではない。出血も無い。

 大剣の切っ先を忌まわしきモノに向ける。

放出された炎は忌まわしきモノの体を焼き、そしてそのエネルギーを利用して体を右に回転させる。

円を描いている最中は肩が脱臼しないようにコンパクトに回る。

そしてコンパクトに回った結果、

遠心力による――振り子の糸が短い時の方が早く動く様に――速さが増す。

大きく回して遠心力を持った威力を持てないがそれでも十分だった。


 柄に伝わる衝撃は殆ど無い。

それほどまでに簡単に忌まわしきモノの体を両断したのだ。

忌まわしきモノは斬られた場所からどんどんと罅割れて、砕けて、消えていく。

やがて、今まで其処にいた忌まわしきモノの存在を疑うほど痕跡はなくなっていた。


 今まで左腕に抱き抱えていた少女を下ろす。

少女が離れたと同時に寒さを感じる。

恐らく、少女は恒常的に周囲の環境に適応するように因子が操作される体質なのだろう。

順応者(オーバークロッカー)〟と呼ばれるそれは、厳しい環境下において多数発見される体質。

少女は恐らく体の周りの氷結因子や冷因子を排除する事で体の温度を維持しているのだろう。


 少女を放した左手でコートの破けた場所を弄る。

其処から出てきたのは鎖に繋がれた指輪。

鉄製のリングだけの指輪は味気ない。

宝石の一つも埋め込まれておらず文字すら書かれてなく、

装飾もされていないその指輪は味気ない。

そんな指輪を持っている彼は、それでも大切なものなのかもしれない。


その指輪を見つめて、特に目立つ様な傷が無いのを確かめて懐に戻そうとする。

と、視線に気づく。

少女はまじまじと指輪を見ていた。


「宝物なんだ」


 そう呟いて、少女に見せるように掌に置く。

少女は人差し指で恐る恐ると指輪を触ろうとする。

ゆっくり、震えながら近づいていく。

人差し指は指輪に触れる。


 そして、そこから全てが始まった。


 指輪から大量に映写される数多のパラメーター。

それは機械の様に映写されるもその量が膨大だ。

幾つも開いては閉じて、数多の文字が流れる。

「な?!」

 声が出る。その余りにも不可思議な光景に思わず。

幾多もの表示枠はやがて空間を侵食し少女の周りを埋め尽くす。

少女は慌てる様に首を様々な方向に向け、瞳を忙しなく動かす。


 やがて、その全ての表示枠が一斉に閉じる。

今までの光景が全て嘘だったように。

少女は恐る恐るともう一度指輪を触った。

今度は何も起こらなかった。


「君は?」

疑問の声。

それは自分が呟いた声。

あまりの事態に、許容できる事態ではなかったが故に。

   

「私は―――――」

 少女の初めて聴いた声は、宛ら忌まわしきモノの様に綺麗な声をしていた。

だけど、その言葉を聞き終わる前に右手を、即ち機械大剣を振り上げる。


    ●


 機械大剣は飛来してきた黒い矢を弾く。

金属が軋む音、響く音。

その音が表す様に右手に伝わる衝撃。


 遠方から放たれた矢。

その方向には黒い影。

忌まわしきモノがもう一体。

 さっきの奴より大きい。

左腕はボウガンの様になっておりそれから矢を放ったのだろう。

胴体や脚はさっきの奴より太い。

両断するのには骨が折れるだろうけど。


 機械大剣の表示枠を見る。

表示されたパラメーターには絶望的な数値が表示されている。


 原始因子残量0%


 0.1%もない。

距離は遠く、攻撃は遠距離。


 忌まわしきモノは新たな矢を放つ。

黒矢は風雪をものともしないで突き進む。

雪を抉り、風を貫き、突き進む。


 両手で構えた機械大剣を振る。

手に伝わる衝撃はより強く。

ひりひりとした感触。

びりびりとした感覚。

 また矢が飛んでくる。

振る、腕ではなく体全体で。

弾かれた矢と剣。

同時に飛んでいく。

すっぽ抜けた。

指が完全に麻痺した。

腕が全く動かない。

 新たな矢。

その動きが酷く緩やかで、けれど自分の体は不動で。


「ああ、死んだな」


 死の感触。

死の前兆は酷く静かで、緩やかで、

唯見ているしか出来ないのか。

唯動く事すらも出来ないのか。

だから目蓋は閉じなかった。

瞳は見据えていた。

緩やかに飛来する黒の矢を。

緩やかに動く黒き存在を。


 號


 全てを焼き尽くす炎。

劫火は一直線に向かってくる黒い矢を焼き尽くし、

白雪を融かし、大地を焦がし、空気を熱し、

そして忌まわしきモノを滅ぼす。

 それは一瞬だった。

死の感触を味わう最中、少女は右手を前に伸ばし、

そして其処から全てを焼き払う劫火を放った。

少女の右手の周辺には因子痕が微かに残っている。


 少女は何も言わず、その手を下ろした。

ぅゎιょぅι゛ょっょぃ

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