第八話 降り注ぐ星と二つの魔法
前回のあらすじ~
忘却されし魔法に近いマジックアイテムを使うクラウィン先生
そして現れる最強の敵
やられるであろうグラルド
シャイナ「部屋の隅が異界化しておるが…、大丈夫かのぅ?」
「い、今までの生徒はあれにやられたのか……」
「う、うむ。あの者の放つ威圧感、今まであった者たちの比ではない!」
二人がそんな風に構える姿を見て、フォールナは前のめりに転びかけました。あれはどう見ても…
「…って、ニャスベルク! 何やってのよ!」
「ニャニャー! ニャ、ニャんのことだ、吾輩は魔王クルベスヤニーヤニ。だ、断じてクラスメイトのニャスベルクなどではない!」
しっかりと(汗)マークを出しながら、魔王クルベス威厳たっぷりに答えました。
しかし半ば呆れるフォールナとは別に“魔王”その単語を聞いて二人の(もちろんグラルドとシャイナです)気合が最高潮に達しました。
心の底から沸き起こる気持ちが、伝説に挑めるという目の前の出来事が二人の気合と魔力を最高まで高めあげたのです。
「やっぱり魔王か! 白銀のメダリオンを守る最後の敵だな! 全力で倒させてもらうぞ!」
「お主が魔王であるなら引くことはできぬ! 妾の魔力を全て使ってでもお主を倒し、白銀のメダリオンを我が手にさせてもらうぞ!」
「二人とも気合が入ってるとこ悪いけど、あれニャスベルクよ。たぶん……」
「何言ってるんだホールネ、あれはメダリオンを守る魔王だぞ。それにニャスベルクはあんなに大きくないだろ」
確かに、本来のニャスベルクの大きさはグラルドの膝より下です。
対して、今目の前の自称魔王はグラルドと同じくらいなので、違うと言えば違うのですが……
「それにのぅ、この者は人間の言葉を話しておる。あの猫は人の言葉を話せぬはずじゃ」
「…今さっきの反応を見てよくニャスベルクじゃないって思えるわね」
額に手を当てて、ふぅとため息をつくと
「わかったわ。ニャスベルク、どうせ学園長にでも頼まれているんでしょ。何でもいいからそこを通してもらうわよ」
と仕方なしに杖を構えました。
「ニャ、ニャにを言ってるかはわからぬが、そう簡単には通せぬニャ~。もしも通りたければ吾輩を倒していくことニャ~」
「ならば、そうさせてもらうぞ、魔王クルべス!」
やる気満々のグラルドが杖を高々と振り上げスペリングを始めました。
「逆巻く風 我が杖に宿り 数多の矢となりて 万軍を射抜け! フレウェント ウィルアロー!」
フレウェント ウィルアロー……本来なら杖の先から数十本の風の矢が現れ相手に向かって飛んでいく魔法ですが…
「いっけー!」
グラルドが杖を振り下ろすと、杖の先から数十個の光の球が現れました。
そして、その光の球は矢となって四方八方に飛んでいきました。
もちろん魔王のほうだけではなくフォールナ達のほうにも…
「ちょっ、グラルド! どこに向かって飛ばしてるのよ! キャッ!」
間一髪のところで風の矢をよけたフォールナが姿勢を低くしながら叫びました。
「でも何本かは魔王のほうに行ったぞ! これで…」
グラルドがぐっと杖を握りしめたとき、魔王の声が月の祭壇に響きました。
「こんニャもので吾輩を倒すつもりかニャ? 黒き穴 天に在りし漆黒を 今此処に! ブラックホール!」
片手を前に出した魔王クルベスの目の前に漆黒の球体が現れました。
すると今まで四方八方に飛んで行っていた風の矢が軌道を変え、その漆黒の球体に吸い込まれていきました。
「! なに!」
「なんじゃあの魔法は! あのような属性は見たことがない! いったい何の属性なのじゃ?」
漆黒の球体が全ての風の矢を吸い込むと魔王クルベスはその球体をぐっと握りつぶしました。
圧倒的な戦力差、それを見せつけるように。
「ニャハハハ、そんな脆弱な魔法では吾輩に傷一つ付けぬこともできぬニャ~!」
「くっ!」
「先手は譲ってやったニャ。では見せてやるニャ、本物の力を!」
魔王クルベスの魔力がぐっと上がったのは三人の目にもはっきりとわかりました。
次の一撃は今まで何人もの生徒が敗れた一撃が来る、本能的に感じたフォールナは急いで二人に呼びかけました。
「グラルド、シャイナ、私のそばに来て! 早く!」
その緊迫感が伝わったのか、二人はすぐそばまで来ていました。
「言われなくたって!」
「しかしどうするのじゃ?」
二人がフォールナの近くにたどり着くのとほぼ同時に、魔王クルベスの膨大な魔力がスペリングとともに解き放たれました。
「天空を舞う 星々の欠片よ 我が意に従い 降り注げ! スターダスト・レイ!」
振り上げられた両手の先、淡い紺色の空に満天の星が輝き始めました。
「ちょっ、ちょっと待って。あれって流星落下! 禁呪クラスじゃないの!」
禁呪……それは、
「ナレーション! 後にして!」
……はい。
「いや、ホールネも面白いことやってる場合じゃないだろ~!」
「わかってるわ、防ぎ切れるか自信ないけど……」
杖を掲げ使う魔法を考え、スペリングを唱え始めます。
「凍結の壁 魔を退けし力 私を包め! ウォルセルク!」
振り下ろされた杖とともに半球状の氷の壁が三人を覆うように現れました。
「くらうニャー!」
魔王クルベスの振り下ろされた両手にならうように、今まで夜空に輝いていた満天の星々が光の尾を引きながら降り注いできました。
「この氷の壁だけでは心もとないが、防ぎきれるじゃろうか?」
「あやしいな。いくらホールネの魔力が高くても流星系の魔法だと…」
そう言ってグラルドは心配そうにフォールナの方を見ました。
自分は見守ることしかできない、その悔しさをかみしめながら。
けれどフォールナの顔を見たとき、その心配はどこかへと消えていました。
フォールナの表情は絶望や諦めの色を全く見せていなかったのです。
「…よし。 四辺の氷柱 破呪の力を持って 天を貫け! ゼルネアイシクル!」
フォールナが降り下ろした杖を真上に振り上げると、半球状の氷の壁の周りに巨大な氷柱が突き立ちました。
「なっ! 二段魔法か! ホールネやる~!」
「はぁはぁ、言っておくけど、この魔法にかなりの精神力を使ったから。魔法、あと使えて一回か二回くらいだから」
そう言うとフォールナは崩れるように座り込みました。
二つの魔法をほぼ同時に使う二段魔法は、例えるなら右手と左手で同時に別の絵を描く、と言ったところでしょうか。
これに通常使う魔力量と精神力の負担が倍の速度でかかるので、普通の魔道士では使うのに三年、使いこなすのに十年はかかる高等技術です。
天才基質のフォールナならではの荒業、まさに全力をかけたスペリングです。
「あとは、防ぎきってくれることを願うしかないわね」
魔王の放った流星は次々と氷壁や氷柱にぶつかりましたが、フォールナの作り上げた氷はそう簡単に砕けることはなく流星は三人には届きません。
しかし中にいる三人にも流星の威力は感じられました。氷壁や氷柱に流星がぶつかるたび、強い衝撃が三人にも伝わってきます。
「本当に防ぎきれるじゃろうか……、もしも防ぎきれんかったら、けがでは済まぬぞ。」
「大丈夫のはず、私の詠唱した二つの魔法は両方とも“魔力を退ける力”を持っているから。たとえ流星系の魔法でも…」
ピシッ……
「ちょっ、ホールネ…、氷の壁にひびが入ったけど。ほ、ほんとに大丈夫だよね?」
「…大丈夫、大丈夫のはず」
パキン!
「む、今外側の柱が一つ砕け散ったぞ!」
「ホ、ホールネ?」
「……大丈夫の“はず”って言ったでしょ! 流星系の魔法でなんか試したことないわよ!」
そんなことを言っている間にも魔王クルベスの攻撃は続きます。
「ニャハハ、この程度の防御壁すぐに打ち破ってやるニャ~」
「お願い持ちこたえて!」
次々に襲い来る流星にフォールナの作り出した氷の防御壁は段々と破壊されていきました。
ドーム状の氷を覆っていた氷柱も次々と砕かれていきます。
「ニャニャ、ニャかニャか頑張るではないか、ニャらば!」
魔王クルベスは両手を真横に振り上げました。
すると、今まで降り注いでいた流星がピタリとやみ、魔王の両手に淡い青色の光が集まり始めました。
「流星がやんだぞ! ホールネの魔力が魔王を超えたんだ!」
「さすがじゃ! お主に任せてよかったのじゃ」
けれどもフォールナは魔王の両手の光に注視しました。
あの光は今までの流星より…
「安心するには少し早そうね」
フォールナの予感は悪い方に的中しました。
魔王はニヤリと笑うとスペリングを唱え始めました。
「極南の星々 瞬きし光は 十文字となりて 指し示せ 極大の刃! サザンクロス!」
右手を縦に、左手を横に薙ぎ払った魔王クルベスの爪の軌跡は、解き放たれた魔力とともに巨大な十文字の光の刃となって三人めがけて一直線に飛んでいきました。
「! 今までの流星とは違う、とてつもない一撃が来る! みんな逃げて!」
「逃げてったって、氷のドームがあって逃げられないんだけど……。てか、間に合わないと思う」
「このままではまずいのぅ。どうするのじゃ?」
この瞬間、フォールナの状況判断能力がフル回転しました。
まさに、数秒の間に数分の思考をするといった、達人剣士とかであるアレでしょう。
えーと時間圧縮体験?
とにかく、フォールナは目の前の一撃を止める方法を考えていました。
「逃げるのは私のウォルセルクがあって無理。もう一度氷の壁を作ろうにも、この氷の魔法は魔力自体を退けてしまうからあの威力は止められない。それに、私の残った魔力では止められないのでは? だからといってグラルドやシャイナに任せるのは危険すぎるし…」
ここまでで約一秒
「やっぱり私がとめるしかないわね。でも、何の魔法で防ぐ? もうデュアリングスペルは使えないし、一度の魔法じゃウォルセルクに魔力を…。こんなことならウォルセルクなんて使わなければよかった、せめてさっきの流星で砕けてくれればまだ可能性が…」
ここまでで約二秒
「ウォルセルクが砕ければ? 今目の前にある魔法なら簡単にウォルセルクを砕いてくれる! でも、それって、つまり……目の前まであの魔法を引き付けて、そして私の魔法でとめる。そうなると、スペリングをその瞬間に終わらせなくちゃいけないから…。えええ! 誤差範囲、五十分の一秒以内! 無理! 精密すぎる!」
ここまでで約四秒
「とはいえ、こんな精密なスペリング二人にはできないし、私がやるしかないわね。この一回のスペリングに私を含めた三人の運命がかかってるわね。早すぎればウォルセルクに邪魔をされてしまって失敗。遅すぎれば……、考えたくないわね」
ここまでで約五秒
わずか五秒の間に導き出した最善の手、それは、自らが盾となる覚悟の上に成り立つものでした。
「二人ともそこから動かないで!」
魔王の光の刃に向けて杖を構えたフォールナは、その瞬間が来るのを待っていました。
わずか五十分の一秒、たぶんいつも通りのフォールナならきっとできなかったスペリングのタイミングでしょう。
「まだ… まだ… 今! 静かなる氷壁 荒風を止め 業火を消し 激流に耐え 地脈を穿つ 荒ぶりし災厄を 私の前で止めよ! ラルク ティ アーシス!」
振り下ろされる杖、唱えきられるスペリング、砕かれる氷壁、そして覚悟を決めたフォールナの表情と勝ち誇った魔王の笑み、これが一瞬の狂いもなく同時に行われました。
「あれ、どうなったんだ?」
反射的に下を向いていたグラルドが顔を上げるとそこには壮大な光景が広がっていました。
先ほどまでの氷の壁の数十倍はあるかという氷の山がそこにそびえ立っていました。
そして、透き通って見えるその向こうで尋常ではない威力の十字の閃光がとめられていました。
「くっ…、これだけの魔力を込めたのに、相殺し合ってる。並の魔法なら触れただけで消滅してしまうはずなのに……」
「ニャニャー! まさか、この魔法を止めるとは…」
十文字の光は段々と小さくなり、そして音もなく消え去りました。
フォールナの作り上げた氷の山も光の刃が消えたのを確認すると、スッと消えていきました。
一時の静寂が月の祭壇を舞台にした戦いに訪れました。
「やったじゃないか、ホールネ! これであの魔王の魔力もかなり減ったはずだ! さあここから……、ホールネ、聞いてるか?」
グラルドがトンとフォールナの背中を押すと、そのままフォールナは草原の上に倒れました。
「えっ… ホールネ?」
半径三キロの探知魔法、デュアリングスペル、そして巨大な氷の山……。
一人の魔道士の使える魔力量をはるかに超えた魔力の支出…、それは魔法を使った本人へ多大な疲労を与えてしまうものでした。
次回予告
激戦を繰り広げ倒れてしまったフォールナ
その悪い流れを断ち切ろうと王国の姫が杖を振り上げる!
「第九話 爆炎の姫」
“グラルドよ、妾が今日一日まったく魔法を使わなかったのはなぜじゃと思う?”




