第五話 誇りと競い合う心
前回のあらすじ~
翼竜あっさりと倒したニャスベルク
クラウィン先生の任務を見学
初歩すら覚えられないグラルド
フォールナ「グラルドが部屋の隅で泣いてるんだけど……。何かあったの?」
「先生、今回の任務って何ですか?」
今、二人がいるのは学園から北へ数十分歩くと着く小さな遺跡の前です。
どうやら今回のクラウィン先生の任務はこの遺跡で行うようです。
「そうね~書状には“セグル遺跡の魔物を退治”としか書かれてなかったのよ~。でもね、退治する相手が多少強いという事はわかるわ~」
「何故相手が強いと思うんですか?」
「普通の騎士では相手にならないような相手を退治することが多いのよ。だから今回も強い相手と戦うことになりそうね~」
「先生はこんな任務をやらされて嫌じゃないんですか?」
グラルドはクラウィン先生を見ながら言いました。
「まあ、確かにつらい戦いもあったわ~。でもね、それだけ王宮から信頼されていると思うと、とても誇りに思えるの。それに他の騎士がやるより被害が少ないと思うのよ~」
「“誇り”かぁ~、先生のこと見直したな」
グラルドは、フォールナがクラウィン先生のことを尊敬している理由が何となくわかったような気がしました。
「さあ、中に入りましょう。ゆっくりしていると夜になってしまいますからね~」
「はい、先生!」
二人は遺跡の中に入って行きました。
遺跡といっても迷宮のように入り組んでいるわけではなく、入るとすぐに大広間があるだけで他には何もありません。
その大広間の中心に大きな魔物がいました。頭に二本の鋭い角をもつ魔物、牛人鬼です。
「げっ、|牛人鬼《ミノタウロス』……。確かに強い相手だな。先生、大丈夫ですか?」
そう言ってクラウィン先生を見ると、
「まぁ、力は強いけど魔法に対する耐性が低いから大丈夫よ~。グラルドさんは入口のあたりで見学していてね~」
と案外気楽に構えています。
グラルドは言われた通りに遺跡の入口の近くでクラウィン先生と牛人鬼との戦いを見ることにしました。
「さて、それでは始めましょうかミノタウロスさん」
クラウィン先生は必ず相手の名を呼びます。
もちろん相手は魔物なので言葉は通じません。
けれども、この行為をすることによってクラウィン先生自身に戦う心構えができるそうです。
「なるほどな~、このナレーションもたまには役に立つな~。でも相手があれだけ巨大だと長期戦になりそうだな。先生の魔力が持てばいいんだけど……」
グラルドは心配そうにクラウィン先生を見ました。
「ヴボォオー!」
牛人鬼の咆哮と共に戦いが始まりました。
牛人鬼は斧を構えクラウィン先生に向かって振りおろしました。
斧の大きさだけでもクラウィン先生の倍はあります。
「私の命を守る盾 魔力を持って現れなさい アシルデル!」
クラウィン先生の声と共に大きな半透明の盾がクラウィン先生の前に現れました。
ガキン!
斧と盾は火花が飛び散るほど強くぶつかりました。
牛人鬼の手から斧が弾け飛び、後ろの壁に突き刺さりました。
「な、なんて強い盾なんだろう……。あの一撃を受け止め、なおかつ弾き飛ばしてしまうなんて、さすがクラウィン先生の防御魔法だな~。でも防御しているだけでは絶対に勝つことは出来ない…」
心配そうにクラウィン先生を見ました。
「先生どうするつもりだろう?」
魔法学園でクラウィン先生が防御魔法を使っているところはよく見かけますが、基礎以外の攻撃魔法を使っているところをグラルドは見たことがありません。
そのためクラウィン先生は防御魔法主体、もしくは防御魔法のみの魔道士だとグラルドは思っていました。
「あら~、この盾の魔法で防ぐことが出来てよかったわ~。咄嗟にこの魔法をスペリングしてしまったから少し危なかったわね~」
そう言うとクラウィン先生は大きく深呼吸しました。
「ヴボォ……」
牛人鬼は弾き飛ばされた斧を拾うためにクラウィン先生に背を向けました。
牛人鬼はあまり賢くない魔物ですが野生の魔物程度の知性はあります。
敵が目の前にいるのに背を向けるという行為は普通はしません。
しかし牛人鬼にも考えがありました。
“こんなに小さいものに背を向けたところで何も危険はない”そう思ったのです。
「あらあら、戦闘中なのに相手に背を向けるなんて自殺行為よ~。悪く思わないでね~、任務だから」
クラウィン先生は指揮者がタクトを構えるように杖を構えました。
「ギーザレス ノルワール セルクエムレス トライアール デオ デュ メレグレイス 天空に轟きし雷鳴 私の声と共に 彼の者に天よりの轟音たる裁きを 光束ね打ち付けなさい デルホーネルト!」
クラウィン先生は授業の時のように杖を軽く振り下ろしました。
次の瞬間、牛人鬼目掛けて落雷が降り注ぎました。
遺跡の中が黒と白のモノクロームに塗り分けられ轟音が鳴り響き、もう一度遺跡に静寂が訪れた時、牛人鬼であったものは黒い大きな煤の塊となっていました。
「ス、スゴイ……。クラウィン先生って防御魔法専門の魔道士じゃなかったっけ……、それに今の魔法って…」
「あら~、グラルドさん今の魔法が高等魔法って分かったみたいね~」
高等魔法、いわゆる上級魔法のことです。
しかし高等と名の付くだけあって使える魔道士はほんの一握りです。
「確か、高等魔法は古代語のスペリングに通常のスペリングをプラスする魔法ですよね」
「はい、よく出来ました。グラルドさんが高等魔法のことをしっかり覚えてくれているとわかっただけでも任務を見学してもらったかいがあったわ~」
クラウィン先生はにっこりと微笑みました。
「さあ、学園に帰りましょう。私は一度王宮に行って任務完了の報告をしてこなくちゃいけないの。グラルドさんは先に学園に帰っててね~」
そういってクラウィン先生は遺跡を後にしました。
「さて、俺も帰る……ん?」
グラルドは牛人鬼の死骸に何か刻まれているのに気がつきました。
「なんだろう、この紋様。宝石の中に髑髏? 変な紋様だな~、まいっか。さて帰るか!」
グラルドは学園に向かって歩き出しました。
学園に着くとフォールナが出迎えてくれま…
「グラルド! どこ行ってたのよ! クラウィン先生もいないし……、ちゃんと説明してくれるんでしょうね!」
「お~ぃ、ナレーションに被害出てるぞ~。あんまり起こるなよな、ちょっとクラウィン先生の任務の見学をさせてもらってただけだよ」
グラルドはそう言うと教室へ入っていきました。
「任務の見学……、私もクラウィン先生の任務見学したかったな~。グラルド、次は私も誘いなさいよね!」
フォールナは少しうらやましそうに言いました。
さて、先生の任務も無事に終わり普通の日々がやってきました。
「みなさん、今日はクラス対抗魔道大会が行われます。がんばってくださいね~」
「クラウィン先生、クラス対抗魔道大会って何ですか?」
疑問に思ったグラルドがクラウィン先生に訊きました。
「あら、グラルドさんは初めてだったかしら~?」
「妾も初めてじゃな」
それを聞いてフォールナが、
「いい二人とも、クラス対抗魔道大会って言うのは、学園長が出すお題をどのクラスが最も上手にこなすか競う大会なのよ」
と二人に説明しました。
「前回は学園が作り出した魔法人形を何体倒せるかを競ったのよ。結構大変だったんだから」
「そうね~、確かに前回は怪我人も多くて大変だったわ~」
懐かしそうにクラウィン先生が言いました。
「先生、今回の学園長の出したお題って何ですか?」
「ふふっ、今回は“白銀のメダリオン探し”よ~」
「ふむ、そうなると人数の少ない妾たちが不利じゃな…」
「そこは大丈夫よ~、白銀のメダリオン探しはクラスの代表三人で行うから~」
「三人までか~、誰が出るんですか?」
そうグラルドが言いました。
三人ということは一人だけ出場できないということになります。(もちろんニャスベルクも人数に入っています)
そんな不安を感じ取ったのか、クラウィン先生は微笑みながら、
「今回の出場者は、グラルドさん、フォールナさん、それとシャイナさんの三人よ~」
と言いました。それを聞いてフォールナは、
「えっ! 何でニャスベルクを出場者に入れなかったんですか? このクラスのエース的存在ですよ。魔力だけの話ですが……」
と驚いたように言いました。
確かに魔力だけをみればこのクラス、いやこの学園でもトップクラスです。
「確かに、翼竜に勝ってるし……、何でニャスベルクを出場メンバーに入れなかったんですか?」
グラルドも不思議なようです。
「ふふふ、ニャスベルクさんには今回の勝敗を決める白銀のメダリオンを隠してもらったのよ。だから出場者にするわけにはいかなかったのよ~」
「なるほど、……って事は!」
グラルドはニャスベルクを持ち上げると、
「今のうちに場所を聞いておけば優勝も夢じゃない! ニャスベルク、どこに隠したんだ?」
目を輝かせながら聞きました。
「ニャーニャ、ニャニャー ニャニャニャ ニャニャーン!」
「……そうだった、言葉が通じないんだった」
「まあ通じても教えてもらえなかったと思うけど」
落ち込んでいるグラルドを見ながらフォールナが言いました。
「まあ、勝負は正々堂々じゃな!」
太陽が真上に差し掛かろうとした頃、大会に出場するメンバーが学園のメインフロアに集められました。全クラスから三人ずつなので人数が少し寂しい気がします。
「結構少ないね、もっと多いのかと思っていたよ」
「クラスから三人ずつ、全クラスで二十一クラスだから六十三人ね」
「ふむ、しかし魔力順でクラスが分けられている以上、最も低いこのクラスが一番不利なのは変わらぬな」
そんなこんな話をしていると、学園長がやってきました。
長い白いひげが今まで生きてきた長い年月を物語っているようです。
しかしその体つきは老いとは程遠く、屈強な戦士を思わせるほど筋骨隆々です。
「コホン、それではこれよりクラス対抗魔道大会・白銀のメダリオン争奪戦を行うにあたって簡単にルールを説明する」
学園長が杖を振るうと魔道学園一帯の地図が壁に大きく映し出されました。
「まず勝敗の決め方じゃが……」
学園長がもう一度杖を振るうと地図上にいくつかの赤い点が現れました。
「ここの赤い点がチェックポイントであり、白銀のメダリオンを持ってこの場所を訪れるとそのメダリオンに赤い光が宿るのじゃ。この光が四つ以上宿っている状態でこの学園にたどり着いたクラスが優勝じゃ」
「はい、学園長」
どこかのクラスの女生徒が手を挙げました。
「チェックポイントには何か印とかがあるのですか?」
「うむ。チェックポイントには台座がありその台座に光を宿してもらうのじゃ」
そのまま学園長は説明を続けました。
「それでは今回の勝敗を決める白銀のメダリオンについてじゃが、まず……」
トンと映っている地図を杖でたたくと地図上に大きな円が現れました。
「この円の中、約半径七キロのどこかにメダリオンは隠されておる。それとこのメダリオンは夜になるとまばゆい銀色の光を放ち始めるのじゃ」
「ということは夜になると競争率が高くなるわけね」
そうフォールナが言いました。
「うむ。ではクラス同士の妨害についてじゃが、これを身に着けてもらう」
そういって学園長が取り出したのは黄金色に光るブレスレットのようなものでした。
「これは時と痛みの天秤という魔道具であり、ある程度の魔力の攻撃を受けると、その者の半径一メートルに完全障壁をはる物なのじゃ」
「それが何でクラス同士の妨害に関係あるのですか?」
誰かがそういいました。
「うむ。まず一つは身の安全じゃな。これを着けていればたとえ死ぬような魔法攻撃でも代わりにこれが受けてくれる」
そういって学園長は指を一本立てました。
「次に負けたほうへのペナルティーじゃ。完全障壁は空気と光以外全く通さぬ障壁じゃ。つまりこれが発動してしまえば中から外への移動はできなくなり、それだけタイムロスになるわけじゃな」
そう言って二本目の指を立てました。
「おお、言い忘れておったがメンバー三人のうち一人でも完全障壁が発動するとほか二人にも完全障壁が張られるのじゃ」
「なるほど、仲間を見捨てることはできないのか……」
「何じゃグラルド、お主は妾たちを見捨てるつもりじゃったのか?」
「そんなことはしないけど…」
「二人とも、まだ学園長の説明が終わってないから静かにしてて」
そんなやり取りがフロアのところどころで行われ始めたのを見て学園長はウムと頷くと、
「それではそろそろ始めるとしようかのう」
コホンとひとつ咳払いをしてから、
「これよりクラス対抗魔道大会の開始を宣言する。偉大な魔道士を目指すものたちに栄光あれ!」
よく通る低い声でメインフロアに集まった皆を称えました。
それを合図にパンパンとクラッカーが鳴り響き集まった生徒たちは我先にと出て行きました。
「それじゃ、私たちもいきますか!」
「うむ。他の者たちを圧倒してやろうではないか!」
「それじゃ、レッツゴー!」
グラルド、フォールナ、シャイナの三人も外へ走っていきました。
「さて今年はどのクラスが優勝するかのう、今からでも楽しみじゃ」
学園長の期待をよそに波乱の一日が始まろうとしていました。
次回予告
実力差では勝ち目のないグラルドたちは作戦を練る
シャイナの隠された特技の一つが使われる
「第六話 白銀と月の祭壇」
“ここで負けては大幅に遅れをとってしまいかねん、なんとしても勝たねばなるまい”




