実力者との決闘
魔力放出
魔術師として教育を受けるとまず、魔力を外に放出する訓練をさせられる。
自らの魔力を放出することは魔法を発動させる基本動作であり、私も行った相手の魔力を押し返すという、防衛本能を用いた訓練がひとつの訓練方法として数えられている。
魔力放出により得られる効果を前提として、魔術師は魔法を繰り出す。そのため、
魔術師が不意打ちに弱いという一つの理由として挙げられている。
得られる効果としてまず一つ目、威圧。
魔術の基本であるがために、如実に実力を示す。決闘前の通過儀礼となっている。
読み合いという意味ではこの時点から始まっている。
2つ目は、魔法の威力・操作力向上と、相手の操作妨害。これが戦闘前に魔力放出する主な理由。
自分の魔力が空中に混じっていれば自分の魔術操作が容易になり、相手の操作を妨げる効果がある。人としての魔力がほぼ混じっていない場合の大気魔力を主媒体として魔法を繰り出そうとするにも、やはり訓練で慣れが必要であり、それに見合った効果も薄い。
さらには濃度と範囲によっては最悪の場合、体内魔力が汚染され、それは詠唱時にまで影響し、魔法発動できなくなるほどの差がでる場合もある。
そう、あの私が自分で無くなる、自分が塗り潰されるような、あの状況になるのだ。
相対した時点でそのような状況になれば、どれだけの実力差があるかなぞ理屈なく理解してもらえるだろう。
因みにそのような状態になってからの回復方法は、その場を抜け出し時間をかけて自らの魔力でゆっくりと押し返すしか方法がない。つまりは安静にするだけが方法であり、 特効薬なる物は見つかっていない。
3つ目は探査的な技術。
自身の魔力は、大気に放出してもある程度その存在を感じることが出来る。これを利用して大気魔力のゆらぎを捉える事ができれば、相手の位置や攻撃方法など、あらゆる知覚が可能となる。
理に至った人外が風を読むのと似たような効果を得ることが出来る、と言えばわかりやすいだろうか。
攻撃される方向だけでも僅かに早く知ることが出来れば、対応の幅が広がるのは言うまでもないだろう。
さらに自身の魔力を広範囲に放出し、感度を犠牲にしたのが、この世界の索敵方法である。
アースでは情報戦が当たり前であった第二次世界大戦。
その折に技術革新が幾度も行われた索敵、敵味方判別システム。
最も基本的にして初歩的な魔力放出技術の発展に、現代戦でも要となっている索敵がある。ファンタジーよろしく、索敵魔法なんて都合のいい魔法はなかった。
広範囲への使用と主とするこの技術は、個人で実用に至るほどの効果を得るのは難しく、目視範囲を索敵する場合にも、専門特化が必要とされるほど難しい技術とされている。
感覚的には、大気に漂う相手の魔力の残り香を捉えるような技術であり、例えるなら、自分の嗅覚を犬近くに変える程の技術といえる。索敵と称してはいるが、主に自陣確認のために用いられている。
さらに物質には独自の魔力があるためか、反発・遮断される。障害物が多ければ多いほど難易度は高くなり、範囲の伸びも悪くなる。
補足として、大抵の物質はそれなりの時間を掛け、自分の魔力に染め上げることが可能である。そのためか、魔術師は病的なまでに自分の装備に愛着を持つ。服などが良い一例だ。
不意打ちに弱く、服でさえも借り物では十全な実力を発揮できないと言われる魔術師である。だがその存在は、主砲と索敵を兼ねた拠点防御を得意とする存在と言える。
ただ、その二つを高く併せ持った個人は限られる。
あの頃の私に決闘を申し込む人は、もう雪崩れ込む勢いだった。
一番最初に申し込んできたあの女性をきっかけに、私の敗北という事実も相まって、次の日に取り囲まれた事をもう懐かしく思う。
挑戦者は日を追って加速度的に多くなりはしたけど、パンクする前兆が見えないうちから、そんな初期から舵取りしてくれたのはキャロラインさん達だった。(実質的に仕切ってくれていたのはクラリィさんだけだった)
今では直接私にではなく、キャロラインさん達に申し込みが行き、途切れぬことの無い順番待ちは今でも続いて、もはや半分くらい流れ作業的に決闘をしていたのだけども。
「エリック、俺と決闘しろ」
「え、嫌です」
――していたんだけども。
目の前に居る、私が反射的に拒絶してしまったこの人。そして……妙に馴れ馴れしい。
今では私限定で珍しい決闘の直接の申し込み。だからなのか何なのか、目の前に人から嫌な予感がビシバシ来ている。
こういう勘は鋭い方ではなく、むしろ疎いし的はずれな事が多いのだけど……だからと言って無視できる程、私は自分を信じていないわけじゃないので。
「もう一度言う。俺と」
――「嫌ですね」
「……理由を言え」
はっきりと、相手の言葉をぶった切ってでも拒絶しましょう。ノーと言える人間に私はなりたい。
彼が直接申し込んできた理由はたぶん、もう『挑戦者』ではなく『実力者』の称号持ちだからだろう。実力者は日に一回、挑戦者からの決闘を拒否する権利がない。
ただ、あくまで実力者と挑戦者という間柄だからこそ成立するこの法は、目の前の人には当てはまらない。
実力者同士の決闘はお互いの同意の上で成立する。
順番待ちをしてその時がきたとしても、決闘拒否されるかもしれないのだ。
否定するだろう私も私だろうが、間抜けには違いない。
……だからと言って。
「私に利する事がありません」
こちとら好きすき好んで戦っているわけじゃないんですよぉ! そんな申し込みは却下だ却下。
卒業確定は嬉しいんですけどね、こちとら事後承諾すら行われてない称号授与に振り回され続けられてるんですよ。初期は本当に何度縮み上がる経験をしたことか! 現代っ子にモノホンのタイマンやらすなぁ!!
さらに、称号持ち相手に逃げ回れるならまだしも、真正面から戦わなきゃいけない舞台に立つなんてまっぴらごめんですね。残念ながら、目立ちたがり屋の性も持ってません。
いやはやまったく、そういうのは私じゃなくて物語の主人公にでも頼んでくださいよ。どうぞ、あの方々ならば嬉々として粛々と、自分の力を謙遜しながら実力の場で自慢してくれるでしょう。彼らは強欲だから。
「ふん、お前は金に貪欲だと聞いた。どうだ、俺に勝ったら五万リールやろう」
「お断りします」
「額が足りなかったか?」
間髪入れずに否定の言葉を入れる。少しも戸惑ってはダメだ、つけこまれる。
「十万だ」
「いいえ、受けません」
「十五万でどうだ」
「申し訳ないですが」
「おい、流石に吊り上げすぎだ。次で最後だ、二十万」
「誠に残念ながらまたの機会に」
額が上がるにつれて言葉が丁寧になっている気がするが、気にしてはいけない。
貪欲とは言われたが、金の亡者とは呼ばれたくない。何が違うんだと言ったら言葉の重みだ、と返してあげよう。
それに、勝てる見込みが……ない。
そろそろ目の前で膨れ上がってくる魔力に当てられそうだ。
「中々強情だな、どうしたらお前は決闘を受ける?」
「御自身でお考え下さいませ」
……言っておいてなんだけど、この回答はおかしくないだろうか。
私はバトラーでもメイドでもないのに! 配下とか家令とかじゃないはずなのに!
雰囲気に飲まれるってのはこういうことを言うんだろーね。にじみ出る支配者のオーラとでも言えばいいのだろうか……うん、ムカムカしてきたぞ。
なんでこんな面倒くさい奴と会話弾ませにゃならんのだ。
「そうだな、お前が負けたとしても1万払おう、それでどうだ? これならこの決闘を受けるだけで十分利になるだろう?」
「うっ」
内心、舌打ちしてしまう。あーもう揺れちゃったよ、魅力的な提案過ぎるでしょう。
してやったりな表情もうざいっ。更に言うなら私にそこまでの価値はありませんぞー!
……ふん、ただ、私だって無料では転んでやらん。お金の問題で土俵に釣り上げられたのならば。
「貴方のような実力者にお目を掛けていただきありがたく存じます。が、もしも、もしもですよ? これまで私がまだ奥の手を隠していたとすればどうでしょう」
顔を伏せるだけの、角度十度程度の最低限の礼だ。
金額を吊り上げさせてやる。どうせ転ぶなら足引っ張って転んでやる。
「……」
自然に口上が釣り上がっていく。
決定的な身長差があるものの、これでやっと立場は同等だろう。称号を持つ者として。
「大層に俺から見物料をも取ろうということか?
……私に勝てれば二十万、負ければ三万にしてやろう。次は受け付けん」
「えぇ、条件はそれで。日程はどうしましょう。その代わりという意味はありませんが、今日にでも準備できます」
「順番を待っている者にはどう説明する?」
「それについては手がありますので、少し説得する必要がありますが問題ありません」
と、同時にクラリィさんに目配せしておく。
了解した、とばかりに頷き返してくれるクラリィさん。頼もしいです。
「なら、そうしてくれ。今から決闘が楽しみだ」
踵を返し、颯爽と教室を出て行った、えーと、我が道を行く貴族さん(仮)。
いや、名前言ってくれなかったし……聞く気もなかったけどさ。
そして、ここが教室だってことも忘れていたかった。
あぁ、視線が痛いや。
時は放課後――毎日通うあの場への道も慣れたもの。
あの場を実戦経験の学び舎とするなら、今歩いている場所はさながら通学路。
たとえ今日の決闘の相手が実力者であろうと、路も時間も変えようとは思わない。
私がいつどうやって学び舎に来ているのか知っているかのように、その後姿は目の前に、悠然と入り込んできた。
目に見えて歩調が遅くなる。
足を速めた理由なんて、どこにもないですよ?
そして、子供の肩と青年の腰が並ぶ。……約十歳差だもの、仕方ないね。
素晴らしきアンバランス。
「再戦の申し込みは、しばらく間を空けてからお願いしますね」
「俺がお前に再戦を申し込むという意味に取れるが?」
「その意味で合っていますよ。
――失礼ながら、不本意な満足を持って決闘を終えることになるかと」
「……なるほど、楽しみが増えたな」
表情を盗み見てみれば笑われていた。やってみろ、と言わんばかりに清々しい表情だ。
そもそも規則には則っているものの、この状況は十分に奇特だ。八歳の言葉などに説得力も有りはしない。鼻で一笑に付されるのは仕方のない事だ。
それでも、わざわざ視界に入って決闘前に会いに来たのは彼なりの流儀か演出なのだろう。
流れていた廊下道は開けて、目に入ってくる風景は、その学び舎に隙間が無いほどこびり付いている群衆。
ただ一本だけ、秩序で作られた二人道が出来上がっている。
最近は徐々に見学人数も少なくなってきていたが、今日は懐かしき初めての決闘の時ほど多い。熱も高い。
私はあの理不尽な時からここを通って文字通り、毎日戦ってきた。
草地を踏みしめ、石段に上り、視線を浴びながら定位置に着いて彼と向かいあう。
湿度が高く、この粘りつく気候でも、相手のその姿には一滴の汗も見当たらない。
両者準備
どの決闘もいつもの声量で、いつものトーンで、あの人の声が響いてくる。
対峙して放たれる重圧は――あの時のブーニング先生より強い。
でも、不思議と先生程に恐怖を感じない。強いのは風当たりだけ。身が竦まない。
……まるで虚仮威しのよう。
なら全然大丈夫だ。計画通りに行こう、私はまだまだ挑戦者側なんだ。
ネガティブに想定し、それでいて幸運な結果が残ると、そう思い込んで行動する。
それくらいで丁度いい。
それくらいが丁度いい。
「始めっ!」
――――――――――――――――――――――――――
「気高き強固な地の意思よ 壁を盾とし」
(地属性、物理防御。初手として中々奇特ではあるが、ただの的だ)
「猛き業を持つ火の意思よ」
――四方に具現せよ」
(短い、簡易短縮詠唱か。あわよくば、と思ったが)
エリックの四方を囲むように、石壁が地面から突出する。
(やめだ、中までしっかり攻撃を通す。失望させてくれるなよ?)
「燃え盛る赤の慟哭 大気に渡る風をも支配し その道に一切の塵も残さんと」
腰を落とし、途中で魔法詠唱式を短縮から完全詠唱に変更し、続ける。
細やかに戦況へ対応できる難易度の高い技術、彼は息を吸うように行う。
「その輝きは照らす闇を残さない 具現せよ 面前の敵を穿け!」
放たれた。
低い腰から、目の前の者を殴り貫くかのような動作。その拳から直線に伸びる炎の柱、まるで炎の中で金粉が舞っているかのように煌々としながら――衝撃波を辺りに撒き散らす。
残心。構えを解くも、残るは煌々と燃え続ける両手。
(ふむ、手応えはなし、と。石壁がいやに高い、上に移ったか? だが)
支える場所に大穴が開けば、バランスを崩して倒れるのは通り。それが奥の壁まで開いているあたり、威力の高さが伺える。
(所詮、子供の奇策もこんなものか? しかし、もしやすれば……やはり上だが)
石壁の頂上付近は打ち所が悪くなくとも、十分死に至る高さである。
しかし、石壁は手前側に倒れながら粉塵を纏わせており、非常に視界が悪い。
(短縮詠唱の弊害だな、それを有効利用したつもりか。
俺にとっては砂壁のような脆さだったぞ。完全詠唱は要らなかったな)
一歩も動くこと無く、その両手で必要最低限だけ落石をはたき落としていく。
(身体が隠れるほどの破片はいくらかある、これを狙っていた可能性はある。
上手く隠れたもんだぜ……)
姿が見えないというのはそれだけで物理的、精神的に有利だ。ましてや今は、粉塵が舞っている。いつも以上に視界が悪い。そう、どこから攻撃が来るかまるで分からない。
「――っ!?」
誰が地中からの攻撃なんて予想できていただろう。
地上、空中に意識を当てていて、それでも何かを察知できたのか。彼は、その場で前転に近い最高の回避行動を取ってみせた。
爆ぜた余波と石畳の破片をその身に受けながら……それでも、その場にある本命は躱しきった。
目を向ければ、地に生えるようにそびえ立つのは拳を模した巨岩石だ。
(ちっぃ、相手の術者に近ければ近いほど、発動と制御がしにくいはずだ。ましてや意識してなかったとはいえ、俺の直下で魔法の発動を許すほど、緩んだ覚えはないぞ!)
と、ある種ユニークな空間ができて束の間――常識が破られた。
石拳が動く。
岩とは思えぬほど機敏に回転し、向き先を彼に据えて、一切の躊躇なく突進した。
敵の追跡。
幾人が思って研究し、今この時まで実現せし得なかった魔法技術。
誰が予想できたであろう、誰もが息を飲んだであろう。だが、一人だけは反応した。
その表情は愉悦に、燃える炎は右手一本に収縮し、低い体勢はさらに低く、素早くその拳を下限に置いて、
「ぶっっ壊れろぉ!」
軌跡に火を描いては――岩石を爆砕した。
打ち上げられ、一瞬の放物線を描がいている時だけ不思議なほどの静寂を伴ってから、それの大半が地面との衝撃音を上げる。
彼の手は無傷だった。
……もっとも、痺れをあたえるほどには硬度があったか。
「壊されちゃいましたか」
「へっ、まだまだ重さが足りねぇよ」
いつの間にか大穴の横に姿を現していた子供。彼の相手、エリック・シルフィールド。
奥の手か、創りだしたその石拳の残骸をさらりと見ては、油断なく対戦相手に視線を戻す。
そうして、子供は手を上げ、相手はまた腰を据え、新たな攻防が――
「この試合、棄権します」
……始まらなかった。
言葉に出来ない複雑な感情で彩られていた。
わかっていることは、この場ではもう拳は交えられないということ。
ゆれる火は、片手に悠々と残っていた。
勝敗はエリック・シルフィールドの負けと付き、口舌の舞台裏。
「てめぇ!」
「弁明は試合前にしておきました、結果は私の負けです。再試合は時間を開けてお願いしますね」
「……なんでだ、なんで棄権なんてまねしやがった」
「勝てないと思ったからですよ? それ以外に棄権をする理由は無いと思いますが」
「馬鹿にしてんじゃねぇ。あの魔法はどういう原理だ!
ご丁寧に回転で拳まで合わせやがって、こんな芸当が出来るやつが勝てる見込みがないからって棄権だァ?
くそっ、ざけんじゃねぇぞ!」
魔法は、できても術者の詠唱中の思い通りにしか動かない。今ある技術ではそう考えられている。
この世界の常識を持つ誰もが、常識を知っていたからこそあの二撃目を予想できなかった。
彼が対応できたのは経験の賜物からの、ほぼ奇跡と言い習っても良い。
もし、敵の追跡という技術を無いものとし、既存技術だけで語るなら、詠唱時にあの回避行動さえも予想していたということになる。
終着点として彼が回避するであろう方向、地に生えた状態は通過点として処理したのだ。もちろん予想を違えていれば、あさっての方向に飛んで行く。
今、目の前のエリック・シルフィールドが不可能をやってのけた。
相手を認識し追跡する事ができる、そんな魔法で。
もしくは詠唱終了後であっても、動作制御を可能にした技術で。
ただ、偶然の可能性も捨てきれない。その子供もまた経験則の上で本当に読み切った、その可能性も捨てきれない。既存の技術でも説明はつくのだから。
だから、憤るその姿に子供は言う。
「私の奥の手ですよ? 委細教えませんよ、誰にもね」
やっと就職活動終了。自由に動ける時間が増えて、肩の荷が下りた。
だが、まだ卒業規定に届いていないという現実。
元々たいした腕もありませんでしたが、訛りが酷く、いろいろと手直しが必要そうです。
一週間に一投稿とはまだまだできそうになく、ゆっくりとやらせていただきます。
半年も遅くなりました。再開致します。