聞いた事と体験する事は違う
慣れる
人がその事柄、状態に対して疑問、違和感を持たなくなること。
経験を重ねて成長し、物事が上手くいく、出来るようになることなどの良い方向としての意味が多い。
馴染む、や適合することなどが類義語として挙げられる。
少し変な風にとれば、『空気を読む』ことでその状況に慣れるとも取れる。
例えば、緊張の場などでも慣れる事が出来れば、いつもどおりの行動が出来る、ということなどである。
ふとお腹に違和感を覚えて、訓練を中止する。
短縮魔法を用いて、二度目の硬質化魔法を掛けることに対しての勉強は、そういう理由で集中力が切れた。
ふと上を見れば、ほぼ真上に太陽が輝いている。
……そろそろ昼食の時間だろうか。
よほど集中していたのか、キャロラインさんが移動したことにも気がつかなかった。
立ち上がった時、サバイバルにて嗅ぎ慣れた、お肉が焼ける香ばしい匂いが鼻孔を擽ってくる。
その匂いに釣られるように、身体が動く。
焼き加減や種類によって、硬さや味に微妙に違いがあっても、お肉に飽きてきたのは確か。
それでも、お腹は虫を鳴らす。
本当に空腹は最高のスパイスとは、よく言ったものだと思う。
「おーう、エリック君。昼食だぞ〜」
私とは違い、お肉に微塵も飽きたようには見えないクランさん。
サバイバルでだいぶ慣れたのか、元々飽きないほどに好きだったのか。
……後者に違いない。
「もう最終日か……なんか早いな」
「クラン、忘れてない? 今回は元々日数が少ないでしょうが。本当だったらもっと長いんだから」
「このぶんじゃ失格・撤退チームは、そこまで多くは無いかもしれないね」
「それはいいことですね〜」
いいことですね〜。
「私は、このお肉だけの食事が、いつもより早く終わるのが一番嬉しいけどね」
「……それには私も賛成するよ」
あ、やっぱりそう思ってましたか。
うーん、お肉の調理方法を『焼く』だけじゃなくて、『蒸す』とか『茹でる』とかすればもう少しバリエーションを増やせると思うけど……それもやっぱりその場しのぎのような気がする。
無いよりあったほうがいいと思うけどね。
「もうこのまま訓練が終わってくれたら、とても楽なんだけどなぁ」
「ああ、それだったら…………楽だったんだけどなぁ」
クランさんが焼いたお肉を置きながら、おもむろに立つ。
「「?」」
「来たぞ」
そのクランさんの目線の先、拠点の入り口から見えた人物は、なぜ今まで気づかなかったのかわからないほどに、圧倒的な存在感を纏いながらこちらに歩いて来ていた。
ただ歩いているだけで、本当に何千もの歩兵の進軍を思わせるような、そんな圧倒的なものだった。
――身体が硬直した。
立ち上がろうと思っても、身体に全く力が入らない。
「戦闘体制!!」
「ごめん! 呆けてた! とりあえず、先生を近づけたくない。つまり、五日目と同じでいくよ!」
「「了解!」」
……あ、駄目だ、クランさんに激飛ばされても全く動いてくれない。
私以外は先生を止めるため、既に攻撃を始めている。
だけど私はまるで蛇に睨まれた蛙のように動かない。
これが俗にいう重圧に呑まれた、ってやつなのかも……。
いやこれ、本当になんだろう。
頭だけは一応働いてくれてるけど、身体は全く反応してくれない。
学校に来て二日目朝のあの金縛りに、またあったみたいな気分。
いや、それより酷いかもしれない。
恐怖に縛られてる。
立ち向かおうと思えない。
ここから出たくないとさえ思う。
話に聞くのと実際に体験する、もうこの二つは比較対象にしてはいけない。
あぁ、断言できる。
私はこのチームで足手纏いな存在だと。
目標を持っていて、守ることを任させて、何も行動に移せない。
襲撃に『慣れた』なんて嘘だった。






