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 その瞳の色を見た瞬間、私の頭の中で閃くものがあった。それと同時に、それまでばらばらであった破片が作り上げた恐ろしい仮説に身の毛がよだつ思いがした。ひょっとして、私はとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない、と。


だが、まだそうであると決まったわけではない。相変わらず鋭い視線を向けてくる男は、無言を貫く私に対して何か行動を起こそうという気配は感じられず、ただ私の言葉を待っているだけのように見える。動揺する心を叱咤し、私はその視線を受け止めながら、ゆっくりと口を開いた。


「貴方は誰ですか」


男は私の言葉に一度その鋭い視線を和らげたかと思うと、今度はにたりとその口元をつり上げて見せた。


「いいぜ、その目。それでこそ“最後の継承者”に相応しい」

「……それはどういう意味ですか」


男の言った“最後の継承者”という嫌な響きに、知らず握りしめた手がしっとりと汗ばんでくる。けれどもそんな体の反応とは裏腹に、至極冷静な頭がその言葉の意味を推測し、導かれた答えを弾き出した。一方で私の表情から私が何かを悟ったことに気付いたのか、男はその目を細めると、事も無げに無慈悲な言葉を口にした。


「そりゃあ、アンタがシューバック家最後の人間って意味さ。他の奴らはとっくに殺しちまったからな」




 自分の首筋に当てられた刃を気にすることなく、拘束から逃れようと身を捩るとすぐさま肌に刃が食い込み、そこからじんわりと血が溢れてくるのが分かった。いっそのこと、このまま死んでしまおうかとも思った。先程の男の言葉は嘘ではなかった。恐らく、もうこの世に私の家族は誰一人として存在しないのだろう。


ところが私が更に身動ぎしようとした時、それを止めるかのようにして私の両手が素早く後ろ手に拘束され、それと同時に何か見えない力によって全身をも拘束されるのが分かった。きっとまた目の前の男が何かしたに違いないと思い、すぐさま男に視線を向けたものの、ところが男はまるで予期せぬ事態を面白がるような表情をしていた。これが目の前の男によるものではないとすれば、残るはただ一人しかいない。


「……放せ」


苛立ちそのままに低い声で鋭くそう言い放つものの、私の身を拘束する力は全く弱まる気配がない。止めどなく込み上げてくる悔しさのあまりに唇を噛みしめると、くつくつと再び目の前の男が心底おかしそうに身を震わせながら笑う声が聞こえてきた。


「最高だな。アンタのそういう顔を見るために、本来は一番に殺しておきたいアンタをわざわざ生かしておいたんだ」


そう言うと男は玄関の戸から手を離し、徐に私の方へと更に近づいてくると、目線を合わせるかのようにやや身を屈めて私の目を間近から覗きこんだ。


「アンタにはちゃんと一通り説明してやる。聞かせる価値があるからな。……さて、何から聞きたい?」


まるで遠くから聞こえた、バタンという扉の閉まる音がどうしてかなかなか耳から離れなかった。






「この国の現状はどうなっているのですか」

「とりあえず国内の人間は一通り片づけた。一応言っておくが、俺らには殺すことに悦を感じるような趣味はないからな。恐らくほとんどの奴は、自分が死んだことにも気づいてないんじゃないか?」

「それは女子供も関係なく、ですか」

「あぁ。女子供も身分も関係なく、みなさん平等に一発で片づけさせてもらった。なかなか優しいだろ?」

「……遺体はどうしたのですか」

「その場で骨まで焼き尽くしちまったから、もう何も残ってないな」


 矢継ぎ早にそこまで聞いたところで、私は口を噤んだ。聞けば聞くほどに、まるで自分が底のない暗闇に呑み込まれていくような思いがした。男の言葉にはやはり、どれ一つとして嘘はなかった。


「……何だ、もう質問はおしまいか? まだ聞きたいことがあるんじゃないのか?」


男は暫くの間、何も言わなくなった私の様子を目の前で腕を組んで眺めていたが、やがてそう言って意味ありげな笑みを浮かべて見せた。そしてその目は私に対してはっきりと、まだ聞くべきことが残っているじゃないかと催促していた。




「……実際に侵略を開始したのは、一昨日の晩ですか」


そう言った自分の声は、震えてはいないものの自分でも驚くほど頼りなく響いた。


「あぁ、その通りだ。何だ、やっぱりちゃんと分かってるじゃないか」


私の言葉を聞いた男は、そう言ってより一層その笑みを深めながら続けた。


「そうさ。この国を破滅に導いたのは他でもない、アンタなんだよ」






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