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 自宅に連れ帰ったはいいものの、始めのうち少年は何も語ろうとせず、呼称がないことに困った私は彼のことをクセバと呼ぶことにした。クセバというのはこの辺りの標高の高い山地にのみ生息する植物の名前で、彼のその瞳と同じ色の花を咲かせることからその名を取った。


そのように説明した時も彼は黙ったままであったが、その首を縦に振って微かに一度頷いたのを私は見逃さなかった。




***




 クセバはあらゆる物事をそつなくこなし、本当に妹の言っていた通り、使用人としては優秀としか言いようがなかった。クセバはちょっとした魔術を使うこともでき、そして何と言っても周囲の関心を引いたのは、彼のその容姿であった。


出会った時は随分と衰弱した状態で、貧困に喘ぐ浮浪児にしか見えなかったその容姿は、成長するとともに上流階級の人間と見間違うほどの気品に満ち溢れた、目を奪われずにはいられぬほど麗しいものへと変わっていった。少なくとも、周囲の人間はそのように思っているだろう。


だが、私に言わせれば彼は元々、麗しい容姿をしていた。しかしながら、出会った頃は衣食住が十分に整った生活環境が与えられていなかったがために、それが損なわれてしまっていた。故に私との暮らしを通して変わったのではなく、本来あるべき姿に戻ったのだと、私はそのように感じているのだが、周囲の人間はそんなことは全く考えていないようであった。




 “美しい奴隷をお持ちで羨ましい”、などと言われる程度で済むのなら、私も一向に構わないのだが、“婚約者に捨てられ、今度は年下の少年奴隷に入れ込んでいる”という、下らないとしか言いようがない噂が特に都の方でまことしやかに囁かれるようになり、不愉快極まりなかった。


しかしながら、私にとってはなかなか都合のよい噂なのかもしれない。私はこの先もよっぽどのことでも起こらない限り、結婚するつもりは全くない。時折ではあるものの、未だに性懲りもなく舞い込んでくる縁談話を一掃する手助けをしてくれるというのであれば、大いに結構である。


 それに理由は違えども、クセバをあまり人目に晒したくはないという意味では、噂は正しい。挨拶をするために初めて実家に連れて行った際、家族たちの反応から、恐らく魔術によって彼の瞳の色が黒色に変えられているという事実が判明している。彼の瞳の色が紫紺であると他者に分からない以上、そこまで神経質になる必要はない。


けれども、基本的には常に魔術が掛けられている状態であるだろうに、私には彼の瞳の色が紫紺にしか見えないのだ。これまでに合わせて数回程、実家に彼を連れて行っているが、相変わらず家族にはしっかりと黒色に見えているのに対して、私にはやはり紫紺色にしか見えなかった。


これが曾祖母の能力によるものであれば、父も私と同じものが見えているはずであるが、これまでの様子から察するに他の家族同様、どうやら父にもクセバの本当の瞳の色が見えていないようであった。


これが父の言っていた、私が曾祖母の血を強く引いているという所以なのか。


私に見えて、父には見えないというものがこれまでなかったために、私は初めて己の目が映し出すものに対して一抹の不安を覚えた。




***




「紅茶をお持ちしました」


 クセバと共に暮らし始めてから、7年もの月日が流れた。出会った頃はあんなに小さくひ弱そうな体をしていた彼も、今や周囲からやや高めだと言われる私の身長をも追い越し、その丈夫で均整のとれた体を持つ彼の顔を見上げなければならない程になっていた。


自分では手を動かしつつ、ぼんやりと頭の中だけで考え事をしていたつもりであったが、実際にはすっかり手が止まってしまっていたらしい。クセバは、何でもないと答えた私にそれ以上問うようなことはせず、手に持っていた紅茶と茶菓子を邪魔にならぬように作業台の隅にそっと置いた。


「ありがとう。……そうだな、そろそろ休息を取らなければな」


 ふと近くの窓を見れば、美しい夕色の空が広がっていた。昼間に作業を開始してからあまり時間が経っていないように感じていたが、もうすっかり夕方になってしまったようだ。私は一度作業に取り掛かってしまうと、なかなか途中で手を止めることが出来ない。そのためいつも、こうしてクセバに声を掛けてもらうことで休息を取ったり、あるいはその日の作業を終わりにしたりしている。


思えば彼と暮らす前はひどいもので、一つの作品を仕上げるまでの間、ほとんど飲まず食わず寝ずの状態であった。さすがに、作品を仕上げた後の数日はほとんど寝たきりの状態であったが、それでもそんなことを繰り返していられたのはやはり多少若かったせいもあるのだろう。今、そんな真似をしたならば、きっと体をこわすに違いない。







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