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夢の跡 1

 

 こつりこつりと、石畳の上を歩く自分の足音だけが辺りに響き渡る。王城へとまっすぐに続く道は左右ともに住居あるいは様々な職種の店が所狭しと立ち並んでいるが、もはやそれらから全く人気は感じられない。自分以外誰も存在しない静寂の中を一人歩きながら、まるで時が止まってしまったかのようだと、ぼんやりと思った。


こうなることはもうずっと前から分かっていた。

それどころかこの状況こそをずっと待ち望んでいたはずだった。


それなのにどうしたことだろう。今この胸の内を占める思いは達成感といった類のものからは程遠く、むしろどこかにぽっかりと穴が開いたかのような虚無感に程近かった。


 不意に見上げた空はいつの間にか漆黒から澄んだ青へと変わっていて、それを見た途端、何か熱いものが頬を伝っていくのが分かった。




***




 俺の父は薬師を生業とし、各地を転々としながら材料となる薬草を集め、またそれらから作った薬を売り歩くといった生活を家族諸共に送っていた。父の腕前はちょっとした噂になる程のものであったらしく、わざわざ父の薬を求めて遠方よりやって来る者も少なからずいたが、何分父には商売気質が全くなかったため生活は至って質素そのものであった。けれども俺はそんな親子三人での生活が決して嫌いではなかった。


 転機が訪れたのは俺が14の年を迎えた頃のことだった。当時、俺は幼い頃よりすぐ傍で得てきた経験をもとに既に父の仕事の一部を請け負う程になっていた。知識についてはまだまだ父に遠く及ばないが、それでも行く行くは一人前の薬師となって自立し、そして未だ訪れたことのない未知の地まで巡ってみたいと、そんな風に思っていた。


簀旺すおう


 ある日の夕食後、父に呼ばれて小さな仮住まいの中ただ一つ置かれた机に向かい合うようにして座れば、父がそう言ってこれまで見せたことのないような厳しい表情で俺の名を呼んだ。この時点で俺は何か悪い予感がしてならなかった。父は普段決して俺の名を呼んだりはしない。


俺は生まれた時から名の他にもう一つ、字という別名を持っていた。両親曰く、俺の一族では両親や主君といったごく一部の人間以外が名を呼ぶのは極めて無礼とされ、普段は字で通すのが普通であるとのことで、各地を転々とする生活をしていたことから両親もまた俺のことを字で呼ぶようにしていた。


言いようのない不安に駆られてすぐ近くにいるであろう母の姿を探すと、ちょうど夕食の洗い物を終えて台所からお茶の入ったコップを2つお盆の上にのせてこちらに来るところであった。それはいつも通りのことであったが、けれども机の上にそっとコップを置く母にいつもの穏やかな微笑みはなく、どこか憂いを秘めた表情をしていた。


「今日の夕方にこれが届いたんだ」


父はそう言って懐から一枚の茶封筒を取り出し、俺に差し出した。手にした茶封筒に宛名はなく、裏返してみてもやはり何も書かれていなかった。ふと顔を上げて父を見ても、何も言わずただじっと俺の様子を見ているばかりであったので俺は意を決して徐に茶封筒の中身を取り出した。


 茶封筒の中から出てきたのは一枚の小さな紫色の紙片、ただそれきりだった。掌に収まる程に小さなその紙にもまた何が書いてあるわけではなく、俺は全く意味が分からず途方に暮れた。これが一体どうしたと言うのか。こんな小さな紙切れ一つが両親の顔色をここまで変えてしまうような代物には到底思えなかった。


「これは一族の間での合図なんだよ」


その言葉にますます困惑し、更なる説明を求めようと掌の紙片から目の前にいる父へと視線を向けると、父はほんの少しだけ表情を和らげた。そして差し出された手に促されるがまま、紙片をそっとその掌の上に乗せると、父は続けて言った。


「新たなこん家当主、延いては我々一族の王が誕生したというね」






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