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「何か勘違いをなさっているようですが、私が一体いつ貴方がたの国の王になると言いましたか?」


 そう言って、この場の沈黙を破ったのはまたしてもクセバであった。


「……え?」

「この場に及んで勝手なことを言われましても、私としては困る一方なのですが」

「な、何をおっしゃているのですか! 一体貴方様の他に誰が我らの王になれると言うのです! 貴方様しかありえません!」


男はそう言って声高に、畳み掛けるようにして懇願した。けれどもその男の言葉も私にとってはどうでもいいことでしかなかった。


いつになったら殺してくれるのだろうか。

早く、早く私を殺してくれ。


私は意味もなく自分の足元にじっと目をやりながら、ひたすらに、最早ただそれだけを考えていた。






 ドスンという、何か大きくて重さのあるものが勢いよくぶつかるような音が聞こえ思わず顔を上げると、ちょうど男が玄関の扉の足元にずるずると崩れ落ちていくところであった。


一体何が起きたというのか。状況を把握すべくじっと目を凝らして見つめる中、男は身を震わせながら何度も立ち上がろうとしているものの、その身に受けた衝撃はかなりのものであったようで、一向に立ち上がれそうな気配はなかった。


この場に私を含めて3人の人間しかいない以上、その理由は分からずともこれが一体誰がやったことなのかは考えるまでもなく明らかだ。


「そちらの好き勝手に振り回されるのには、いい加減もう我慢ならないんですよ」


その鋭く尖った刃物のような声の響きに、それが男に向けられた言葉であるとは分かっているにもかかわらず、私までもがまるで心臓を鷲掴みにされたような思いがした。クセバは普段からこちらにその感情を一切窺わせないような淡々とした口調で話すのが普通であって、こんな声は未だかつて聞いたことがなかった。


「国だとか王位だとか、そんなものに私は一切興味ないんです。お忘れのようですが、そもそも私は血の繋がりのある実の祖父と孫の間に出来た不義の子です。そのために長い間監禁生活を強いられていたというのに、魔力の発現と同時に瞳の色が紫紺に変わるや否や、まるで掌を返したように国王になれと繰り返すばかりで……本当に一体何度殺してやろうと思ったことか」


先程の声が嘘のように、そう言って感情の一切が削ぎ落とされたいつもの口調で淡々と語る中、クセバは最後にぽつりと苦々しげに呟いた。


 表面には何も表れていなくとも、その胸の内にはきっと何か強い思いを秘めているに違いないとは常日頃から感じていたが、実際に聞くとなるとやはり少なからず衝撃を受けた。しかし最後に呟かれたその言葉に、クセバのこれまでの人生が彼にとっていかなるものであったのか、その全てがありのままに表現されているような気がした。


 実の祖父と孫の間に出来た不義の子というのは恐らく、バロイルによって失われた“紫紺の瞳”を何とかして取り戻そうともがいた結果に相違ないだろう。紫紺の瞳を取り戻そうとすることはすなわち魔力の強い人間を生み出そうとすることであり、単純に魔力の強い者同士を掛け合わせることだけを考えればその両者が近親であることは十分にあり得る。


しかしながら、まさか祖父と孫という関係に当たる人間までもその試みの対象とするとは、正直常軌を逸しているとしか思えない。それほどまでにかの一族は追い詰められていたということなのか。しかもそんな禁忌を犯してまで生んだ子供の瞳の色が紫紺ではないと分かった時、彼らはその子供に対して一体どんな扱いをしたのだろう。先程クセバの口から発せられた「長い監禁生活」という言葉から察するに、まず間違っても良い扱いなど受けたはずがない。




 クセバと出会ってから既に7年という月日が流れた。7年という長い月日を、クセバは一体どんな気持ちで過ごしていたのだろう。かつて自民族を征服したバロイルと同族の人間を恨み、また自分と同族の人間さえも恨み。そんな彼の目に、私は何と滑稽な存在に見えたことだろう。自分の本当の瞳の色を見抜きながらも国に突き出さず、かと言ってその身を拘束することもしないどころか虎視眈々と復讐の時を狙う彼を前に、私は愚かしくも幾度となくその監視の目を逸らしてしまった。


私は一度服作りに取り掛かってしまうと、なかなか途中で手を止めることが出来ない。それこそ誰かに制止の声を掛けられでもしない限り、作品が仕上がるまで昼と夜となく自室に籠り作業に没頭する。


それはつまり、秘密裏に事を進める彼にとっては非常に都合のいい時間であったということを意味する。






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