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 その民族は、昔から多くの者が魔術を操ることで有名だった。なかでも桁違いの魔術を操ることの出来る一族が存在し、彼らはこの世で唯一の紫紺の瞳を持っていた。代々その一族の人間を長とし、圧倒的な力を以て周囲に恐れを抱かれていた民族であったが、実際はとても温和な性格をしており、進んで周囲と争うなどということはなかった。


そんな彼らに対して戦争を仕掛けたのが、バロイルであった。その時既に彼らの居住地のすぐ近くの土地を獲得していたバロイルは、更にその領土を拡大しようと彼らの持つ肥沃な土地に目を付けた。だがさすがのバロイルも彼らに対しては苦戦を強いられ、戦争は長期化の様相を呈していた。そこでバロイルは彼らに対して和睦を申し入れ、彼らもまたそれを受け入れた。


ところが、和睦を結ぶために彼らの長がバロイルの陣営まで出向いた際、その和睦の酒宴にてバロイルは彼を謀殺した。そしてその後バロイルは容赦なく戦争を再開し、主たる指導者であった長を失い動揺していた彼らに対して瞬く間に完全勝利を収めた。




 現在と同様に当時もこの事実は極一部の人間にしか知られておらず、圧倒的な力を持っていた彼らにさえも勝利したとして、それ故にバロイルはハディナーンとまで呼ばれるに至った。そう話す祖父の顔は、それまで見たことがないほど苦々しげに顔を歪めていた。


「“一人殺せば殺人者、大量に殺せば英雄”とはよく言ったものだ。戦争において人道がどうなどと説くほど愚かではないが、策略を巡らすにしてもこういった類はやはり後味が悪い」


無知というのもまたなかなか罪深いことだ、と呟くと祖父はまた話を続けた。




***




 奪われた土地を奪還すべくこの国を侵略しようという目論み自体は数十年前からあったものの、非常に優れた先見の明を持っていた祖父の存在によってなかなか実行に移すことが出来なかったこと。そんな祖父の亡き後、彼らにとっての唯一の懸念要素は、祖父以上に物事を見抜く能力を持つという私であったこと。だが次第に私が祖父とは違い、随分とお人好しな性格をしていることが判明したため、慎重にゆっくりと時間を掛けて計画を進めていった結果、面白いほど思惑通りに事が運んだこと。


男が得意げな顔をしてここに至るまでの経緯を事細かに語っていたが、守るべきものを全て失ってしまった私が今更それを聞いたところで何の意味も為さず、私は断罪を前に己の罪状を読み上げられる罪人の如く力無く俯いていた。




 私がその浅慮さ故に犯した過ちはいくつもあったが、やはり何と言っても最大の過ちは、彼らにとって恐らく最重要人物であろうクセバを国に突き出すどころか自らの手で匿うような真似をしてしまったことだろう。


 クセバと初めて出会い、そして彼がバロイルによって滅ぼされたかの一族の血を引く人間であると分かった瞬間、私の脳裏に浮かんだのは曾祖母の姿であった。煌びやかな世界の中、ただ一人だけみすぼらしい恰好をして鉄の首輪に繋がれた姿を見て思わず心を揺さぶられ、それこそが店主の思惑ではないかと気づきながらもやはり彼をそのまま捨て置くことが出来なかった。


そうして国に突き出さずとも自分の監視下に置いておけば良いのではないだろうかと彼を引き取り、共に生活をしていく中で極稀にではあるが感情というものを表に出すようになった彼を見て、これで良かったのではないかと思っていた。けれども今にして思えば、それは全く以て身勝手で愚かな考えでしかなかった。






「それにしても、まさかアンタが自分から都を離れてくれるとは思わなかった」


 胸の内でひたすらに湧き上がり続ける後悔と自責の念に苛まれ、それまでずっと男の言葉を聞き流していたが、ふとした瞬間にそんな言葉が耳に入ってきた。


「しかもそのきっかけとなった妹の縁談はアンタが率先して進めたって話じゃないか。確かにアンタは元々結婚することにあまり積極的じゃなかったが、それでも家のためには仕方がないと思ってたんじゃなかったのか? 婚約解消後にアンタのところにやってきた縁談もなかなか悪くないものばかりだっただろ?」


徐に顔を上げてみると、男は腕を組んだ状態で近くの壁に背を預けるようにして立っており、どこか意味ありげな笑みを浮かべながらまるで同意を求めるかのような視線を私に向けていた。


確かに男の言うとおり、あの時やってきた縁談はこちらにとってどれも悪いものではなく、自分でも随分と勝手なことをしているという自覚があった。けれども当時、調べを進めていくうちにどうやら本当に自分の婚約者であった男が他の女と駆け落ちをしたようだということが明らかになり、それと同時に結婚に対する嫌悪感が急激に増していった。そんな感情を持ちながら、それでも結婚しようという気になど私は到底なれなかった。


「……まぁでも、おかげであの男も無駄死にせずに済んだってわけだ」


本当に一体どうしてあんなにも激しい嫌悪感が芽生えたのだろうかと、虚ろな頭でぼんやりと考えていると、再び男のそんな言葉が耳に飛び込んできた。






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