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前編・私が魔王になったワケ


 私が魔王として魔界に君臨した理由。

 それはよくある話しといえるのかもしれない。

 目覚めてから魔の者に甲斐甲斐しく世話をされている事に疑問を感じないわけではないが、今の私は魔王。立場を考えれば疑問ではなく、当たり前と受け取るべきか。

 天井まで届くんじゃないかと思えるほど、無駄に長い黒い革張りのソファーに身を沈め、足を組み天井を仰ぎながら目を閉じる。



 魔王になる直前まで、私は勇者の仲間の一員だった。

 蘇った魔王を退治する為に、精霊族から神力の高い私が選ばれ、国を出たのは今でも昨日の事のように思い出せる。


 エルフほどじゃないが、長く尖った耳をぴこぴこと上下に動かしながら、偉大なる精霊王に命を受けたわけだけど……正直、気に食わなかった。

 思い出したように暴れだす魔王とその眷属たちは、精霊たちにとってはそれ程実害はない。大体が人間に向かうからだ。

 それは人間が領土を侵し、人界にとっては価値のある魔界のものを搾取する。人間の被害は魔界だけじゃない。精霊界にも及んでいる。精霊は高い神力を要し、人の身では決して得られない力をその身に宿す。

 下位の精霊であろうとも、人との間には越えられない壁が立ちはだかる。

 だが、人は知恵という武器を持つ。 

 下位の精霊を呪文で縛り、自分の手足として使役し死ぬまで神力を使い果たさせる。そんな人という存在は、魔王よりも性質が悪い。

 高位の精霊でも、大切な者を質にとられ使役される場合もある。

 中には、精霊の声を聞き、精霊と友と呼べる存在になる人がいるのも知ってはいるが、正直私は関わり合いになりたくなかった。


 何故、と精霊王に問う。

 返ってきた答えは、契約。

 これで精霊族が活躍し人界を救えば、精霊界には手を出さないと。そう契約を結んだらしい。

 それならば納得だ。

 精霊の契約は絶対。魔王さえ封印してしまえば、精霊界と人界は完全に切り離される。ならば、勇者と人界を巡りながら精霊を開放していこう。

 皆で精霊界で穏やかに暮らすのだ。なんて素晴らしい事だろうか。


 勇者と会った時も、私はあえて精霊の言葉で話した。

《エディアルセフィア・エターディーティエフィス・セレスティナエだ》

 名前は真実のものではない。

 真名は私の胸の内だけに宿っている。

 とは言っても、精霊の言葉は人間には理解出来ないけれど。


「…えーと」

 勇者も例外じゃなく、私の話す言葉が理解出来なかったらしい。ふん、当たり前だ。そう思っていたら、ズキン、と痛みが走る。精霊王からの警告だ。

「…エディアルだ」

 仕方ない。王に言われてしまえば名前は名乗らなければな。

「俺はアーク・ロディアス。よろしくな」

 渋々名乗った私に、勇者はにこっと人懐っこい笑みを浮かべ、私に手を差し出す。勿論握手は断った。

 人と、態々握手をする趣味は無い。

 勇者の頬が引き攣ったような気がするが、どうでもいい。

 余計な話しはなしだ。

 魔王を狩りに行く。



 そう思っていたのに、私は勇者一行と言葉を交わすうちに、何故か絆されてきた。勇者、僧侶、魔法使い、戦士。個として見れば、決して悪くは無い。

 勇者一行は人の中でも善人で構成されるらしい。異常といえる程の善。悪がまったくないと判定されなければ、勇者のパーティには加われない。その意味は共に行動する事によって理解出来た。

 人が勇者一行を異常な程の善で構築する理由は、魔王が完全な悪だからだ。完全な善でなければ、魔王は斃せない。

 つまり、精霊族である私が勇者一行に加わったのは、この為だ。

 魔王は勇者一行。それまでの魔の者は精霊族。つまり私が振り払う。そう役割分担を決め、ここまで進んできた。

 私の仕事は、魔王の玉座に辿り着くまで。それ以上は、命をかけての勇者たちの仕事だ。

 200年程前に復活した魔王を斃した勇者は、相打ちだったとか。その前も、その前も相打ち。

 今回も相打ちだろう。

 私は、勇者一行の死に際と、魔王の死を人の王に報告する役目も請け負っている。距離を取り、勇者と魔王の戦いを安全な場所から見学する。

 相打ち前提とはいっても、勇者たちの旗色が悪いな。

 話しに聞いている魔王よりも強い気がする。




「クッ……皆! 俺に力を貸してくれ。これで魔王を斃す!!」

 どうやら、勇者が勝負に出るらしい。

 最後の賭けには勝ち、見事に勝利を収めるが勇者一同は満身創痍で膝をついたり、武器を杖代わりにして何とか倒れずに済んでいる状態。

 今回は相打ちじゃなかったのかと、内心では安堵を浮かべながらも、感じる違和感に首を傾げた。

 なんだ?

 この落ち着かない感じは。

 少し離れた場所で様子を伺っていた私だから気付けたのだろうか。

 魔王の身体から全ての負を集めたかのような、おどろおどろとした濁った力が勇者たちに襲い掛かる前に、身体が動いていた。

 あぁ。だから相打ちなのか。

 よくある話しだが、どうやら魔王という存在の核は斃されると移動するらしい。勇者を庇った私の中に、神力ではない力が宿り始める。

 今回は精霊族である私が勇者を庇ったからこそ、これは私の中に留めておける。だが、もしこれをくらったのが勇者だったのなら、勇者一行に飛び火していただろう。

 それ程に凝縮され過ぎた力の塊。勇者一人の身では収めきれない。



「エディ!」

「エディアルッ」

「回復が効かないよっ」


 悲鳴にも似た声。

 僧侶が血を吐き出す私に回復を施そうとするが、これは無理だろう。元々、僧侶も既に力は尽きているのだ。

 恐らく、精神力が削られていない万全の状態であっても無意味だっただろうけど。


「魔王の核は私が抑えるから、勇者たちは逃げな」

 さて。勇者一行が魔界を出るまで抑えられるのかどうか。

 私の神力も他の精霊族に比べて少なくは無いが、王の資格はない。つまり、私の神力じゃこの魔力は抑えきれない。

 出来ればやりたくはなかったが、これが無難か、と。

 私は転移の陣を発動させる。精霊族だからこそ、人のように長い呪文を唱える必要が無い。けれど、多少なりとも神力は削られる。

 削られれば、魔王の核に飲み込まれるのが早くなるだけだが、それでも勇者一行を逃がさないよりはマシだろう。

「エディ…」

 勇者の瞳から、透明の液体が流れ落ちる。

 泣いているのは、勇者だけじゃなかった。

「泣き虫たちだな……これは、私が勝手にやった事だ。気にするんじゃない」

 しかし、こういう時というのは何を言っていいか分からないな。

「お前たちは今まで、完全な善になる為に育てられた。これからは、自分たちの為に生きてみればいい」

 道中にそれを聞いて、改めて人に嫌悪を覚えたのだが、それは言わなくて正解だったかな。

「精霊王に、伝言を頼むよ。では、な」

 勇者が私に向かって手を伸ばそうとする。

 それは駄目だよ、と、私は多分……初めて、勇者に向けて穏やかに笑った。

 驚愕に見開かれる瞳。

 そんな表情も出来るようになったかと思えば嬉しくなる。


 陣は上手く発動してくれたのか、勇者たちの気配は魔界から人界へと移動した。良かったと胸を撫で下ろすが、この後はどうなるかまったく想像がつかない。

 今の陣も、それ程神力を使うわけじゃないのに一気に、魔王の核に身体を侵食されたような気がする。

 精霊族らしい白く輝く髪は、毛先の方から黒に染まっていく。

 ひょっとしたら、金色の瞳も黒に変わるのだろうか。


「……完全な悪と、完全な善、か」

 私は人じゃないから、人の善悪は分からない。

 けれど、勇者一行が完全な善でなければいけない理由は、これでわかった。

 きっと、今までの勇者たちも魔王の核に侵食されながらも、抑えようとしていたはずだ。それを役目とし、育てられ勇者になったのだから。

 何の疑問もなく、ただつかの間の平和を人界が手に入れる為だけに作られ、送られる勇者たち。

 彼らは魔王を斃し、自分たちが魔王に変わるその時まで、何の疑問もなく人を護る為だけにその身を奉げたのだろう。

 善が侵食され、悪に変わる瞬間まで。


「残念だったな。私は人じゃない。善でもあり悪でもある。お前たちの崇める魔王は、幾ら時を重ねた所で還ってはこない」


 魔界に在る者たち。

 散々それらを殺してきた私が、魔王の核を宿した。


「このまま眠りにつこうか。覚めない眠りだ」


 そして、王まで奪おうとしている。


「せめて、人に領土を侵略されないように結界だけは張っておこう。私の眠りが覚めるまで、その結界は有効だ」


 身に宿る神力と魔力を編みこみ、私は魔界に結界を張る。

 こんな強引な合わせ技を使えるのは、今だけ。

 時期に、私に宿る神力は魔力に喰らわれ、使う事など出来なくなるだろう。


「おやすみ」


 精霊族として生を受けてから千年程が経っただろうか。

 その自分がこんな最期を迎えるとは思ってもいなかったが…。


「悪くは無い」


 こんな最期なら悪くはない。

 


 こうして、私は魔王になり、眠りについた。



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