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第5部 第39話 狂熱の対価――静寂に刻む誓い

霊峰アイスガルドが蒸気と共に咆哮を上げ、氷の魔女セラフィナを沈黙させてから数時間。山麓のキャンプは、勝利の喧騒とは無縁の、重苦しい静寂に包まれていた。

ハクザン軍の兵士たちが眠りにつく中、ルーニー・ハクザンは一人、焚き火の前に座り、赤く爆ぜる炎を見つめていた。

(……これで、良かったのか)

ルーニーの脳裏には、熱湯が噴き出すトンネルの中で、皮膚を焼かれながらも「ルーニー様のためなら」と笑ったアイリス、エヴァ、テイラーの姿が焼き付いて離れない。

かつての彼女たちは、もっと繊細で、もっと「普通」の娘たちだった。自分が「強くあれ」と命じ、過酷なシゴキを与え続けた結果、彼女たちは痛みすら悦びに変える「狂戦士」へと変貌してしまった。

「……ルーニー様。まだ、起きておられたのですか」

背後から、低い声がした。

振り返ると、毛布を肩にかけたアイリスが立っていた。エヴァとテイラーも、影のようにその後に続く。

特訓と蒸気爆発を乗り越えた彼女たちの肉体は、月光の下で、鋼のように冷たく、美しく引き締まっていた。

「……アイリス。火傷の具合はどうだ」

「……痛みはありますが、それが『生きている』という証ですわ。……ルーニー様に救われ、ルーニー様に鍛えられた、この命の」

アイリスはルーニーの足元に、静かに膝をついた。エヴァとテイラーも、吸い寄せられるように跪く。そこには昼間の狂乱した「ドM」の顔はなく、ただ一人の主君を仰ぐ、純粋で鋭利な「家臣」の顔があった。

「ルーニー様……。貴方は、私たちが変わってしまったことを、今も悔やんでおられるのですか?」

エヴァの問いに、ルーニーは言葉を詰まらせた。

「……お前たちは、もう普通の幸せには戻れない。……俺が、お前たちの『女』としての平穏を奪い、戦うための道具に作り変えてしまったんだ。……イライラするんだよ。自分の身勝手さがな」

ルーニーが自嘲気味に吐き捨てると、テイラーがそっとルーニーの手を握った。その掌は、かつてのメイド時代の柔らかさはなく、無数のマメと傷跡が刻まれた「武人の手」だった。

「……私たちは、奪われたのではありません。選んだのです。……貴方の隣で、貴方の盾となり、矛となるために。……たとえ、この先どんなに歪み、化け物と呼ばれようとも。……それが、私たちの『幸福』なのですわ」

アイリスが、ルーニーの膝にそっと頭を預けた。

「……だから、ルーニー様。……どうか、これからも私たちを、厳しく、残酷なまでに導いてください。……貴方の手で刻まれた傷こそが、私たちの誇りなのですから」

(……ああ、そうか。こいつらは、もうとっくに覚悟を決めてやがったんだ。……迷っていたのは、俺だけだったか)

ルーニーは大きく溜息をつき、空を仰いだ。

かつての「可愛げのある彼女たち」には、もう会えない。だが、目の前にいる「最強の狂犬たち」こそが、今世で自分が手に入れた、唯一無二の宝なのだ。

「……わかった。なら、もう迷わない。……お前たちのその忠誠、骨の髄まで使い倒してやる。……覚悟しておけよ」

「「「はい……!! ルーニー様……っ!!」」」

焚き火の炎が、四人の影を一つに繋ぎ、霊峰の闇の中に深く、濃く刻み込まれた。

それは、甘い愛情など微塵もない、しかし何よりも強固な「狂気という名の絆」の証明だった。

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