第1部 第9話 「継承」という名の断罪
森の業火は、すべてを焼き尽くした。
だが、その地獄の中から、ラインハルトは「生きる屍」と化したエドワードを、シオンたちの手で引きずり出させた。
全身を酷い火傷に覆われ、かつての威厳など微塵もない父を、ラインハルトは冷徹な目で見下ろす。
「父上。……死ぬより辛い生を選びますか? それとも、ここで楽になりたいですか?」
エドワードは、目の前の少年の「痣」が、もはや不吉な印ではなく、王の紋章のように見え、震えが止まらなかった。
「……あ、ああ……助けてくれ……頼む……」
「ならば、家督を私に譲りなさい。辺境伯の地位、軍、そして領地のすべてを。それが、あなたの命の代価です」
恐怖に支配されたエドワードは、ただ力なく頷くしかなかった。
数刻後。
深い夜の帳が下りる中、辺境伯邸の重厚な正門が叩き開かれた。
兵たちが慌てて駆け寄ると、そこには黒煙と返り血に汚れながらも、圧倒的な威圧感を放つ少年・ラインハルトの姿があった。その背後には、意識を失いかけたエドワードがシオンたちに担がれている。
「静まれ! 森の火事により、父・エドワード辺境伯は大怪我を負われた。私が救い出したが、もはや政務を執ることは叶わぬ身だ」
屋敷に集まった家臣や使用人たちは、言葉を失った。幽閉されていたはずの「忌み子」が、瀕死の主を連れて戻ってきたのだ。ラインハルトの声は、広間に低く、しかし鋭く響き渡る。
「父上は先ほど、瀕死の意識の中で私に告げられた。『我が家を救えるのは、ラインハルト、お前だけだ。今この瞬間をもって、家督のすべてを譲る』とな」
「な、何を馬鹿な……! 子供が何を……!」
一人の古参の騎士が反発しようと声を上げたが、ラインハルトがその目を射抜くと、言葉は喉で凍りついた。
その瞳には、百戦錬磨の将軍だけが持つ、魂を圧する「格」が宿っていた。
「異論がある者は、この場で父上に確認するがいい。……もっとも、父上の命が明日まで持つかどうかは、私の処置次第だがな」
あまりの恐怖と冷徹な威圧。そして、エドワードが抵抗さえできず、ただ震えながらラインハルトの背後に隠れる姿を見て、誰もが悟った。
辺境伯領の「太陽」は沈み、これからはこの「黒い痣」の少年が、唯一の支配者であることを。
「これより、ラインハルト辺境伯として命ずる。……屋敷の清掃と、父上の隠居の準備を。逆らう者は、一人として容赦はせぬ」
幽閉されていた「黒金の塔」は燃え落ちた。
しかし、ラインハルトは今、辺境伯という名の巨大な城を手に入れた。




