第5部 第27話 狂王の心中――夜食の罠と、消えた「可愛
西の砦を攻略した日の深夜。城内を巡回していたルーニー・ハクザンの耳に、厨房の方から「カサコソ」と不審な音が聞こえてきた。
(……やれやれ、魔王軍の残党か? それとも刺客か。ハクザン軍の警備を抜けるとは大したものだが……)
殺気を押し殺し、ルーニーが厨房の扉を音もなく開ける。そこにいたのは、敵兵ではなく、月明かりの下で身を寄せ合う「パツンパツンの影」が三つだった。
「(むしゃむしゃ)……アイリス様、この砦の備蓄にあった燻製肉、絶品ですわね」
「(もぐもぐ)……ええ、エヴァ。戦った後の脂身は、体に染み渡りますわ……」
「(ボリボリ)……テイラーも、この岩塩クッキーが止まりませんわ……」
そこには、昼間の初陣で流した涙もどこへやら、幸せそうに頬を膨らませる三人の姿があった。
(……何なんだよ、こいつら。俺の感動を返せ。どうやって教育すればいいんだよ、この食欲の権化どもを!!)
ルーニーはこめかみを押さえた。かつて彼女たちに囲まれていた頃、三人はもっと儚げで、小食で、守ってやりたくなるような「可愛さ」に溢れていたはずだ。
(……昔の可愛さはどこへ行ったんだ? あの頃のアイリスは、パンの耳を残すほどお淑やかだったじゃないか。今じゃ、肉の塊を素手で引き裂いてるぞ。ブクブクと太りやがって……。少しは痩せてきたとはいえ、まだ肉の揺れがハクザン軍の行進より騒がしいんだよ!)
ルーニーの心中は、もはや絶望に近い呆れで埋め尽くされていた。主君としての威厳を保つため、彼はわざとらしく足音を立てて影から歩み出た。
「……おい、お前たち。その肉は、明日からのハクザン軍の兵糧だぞ」
「「「ひっ……!? ル、ルーニー様!!」」」
三人は慌てて食べ物を隠そうとしたが、膨らんだ頬と、口元についた脂は隠しようがない。
「せっかく初陣で勝ったというのに、これではただの『動けるブタ』だな。……反省の色が見えないようだ。全員、そこに並べ」
「えっ、まさか……ああっ!」
ルーニーは三人を一列に並ばせると、そのふっくらとしたお尻を一発ずつ、強めに叩いた。
パシィィィン! パシィィィン! パシィィィン!!
「いたっ!」「ひゃうんっ!」「あああ……っ!」
「これで目が覚めたか。……さっさと部屋に戻れ! 明日は夜明け前から、砦の外周を完全武装で二十周だ。残った肉の脂を、全部汗で出し切るまで許さんからな!」
三人は真っ赤になったお尻を抑え、肉を揺らしながら蜘蛛の子を散らすように自室へと逃げ帰っていった。
(……はぁ。あいつらのお尻、叩いた時の反動が昔と全然違うんだよな。跳ね返されるかと思ったぞ。……しつけの道は、果てしなく遠いな)
一人静まり返った厨房で、ルーニーは深い溜息をつき、夜空を見上げるのだった。




