第5部 第24話 毒親への「教育」――狂王の宣戦布告
魔族領と人間領を隔てる絶壁の境界。交流など存在しないはずのその場所に、山のように積み上げられた「供物」。
最高級の肉、甘い香りを放つ果実、そしてラインハルトが幼少期に好んだ刺繍入りの肌着。
「……信じられない。交流のないこの場所に、これだけの物資を密かに運び込むなど、どれほどの財力と狂気を使えば気が済むんだ、あの人は」
ルーニーが苦渋に満ちた表情で見つめる傍らで、アイリス、エヴァ、テイラーの三人は、その「愛(という名の食べ物)」に目を輝かせていた。
「ルーニー様、見てください! この霜降り肉……焼いたらどれだけ脂が溢れることか! 王国でも滅多に拝めない代物ですわ!」
アイリスが、少しは引き締まったはずの頬を緩ませ、よだれを拭う。
「こ、これだけの菓子があれば……一ヶ月は食糧難の心配はありませんわね(ムギュッ)」
エヴァも、キツくなったメイド服の腹部をさすりながら、差し出されたタルトに手を伸ばそうとする。
「待て、拾い食いをするな」
ルーニーの声が鋭く響いた。
「これは『慈愛』じゃない。俺をもう一度、自分の支配下――あの息の詰まる『子供部屋』へ引きずり戻すための、甘い毒だ。これを食えば、お前たちは一生あの人の犬になるぞ」
三人はビクッと肩を震わせ、差し出した手を引っ込めた。
ルーニーは、物資の山の中に置かれた一通の手紙を拾い上げる。そこには、エレオノーラの端正な、しかし筆圧が異常に強い文字でこう記されていた。
『愛しいラインハルト。貴方が生きていてくれて、お母様は死ぬほど幸せです。でも、魔境は寒くて汚いでしょう? お前のために、王国を最も美しい檻に作り替えました。早くお帰りなさい。ミツナという壊れたおもちゃのことは、もう忘れなさい。』
その文字を見た瞬間、ルーニーの中で何かが弾けた。
自分を愛するがゆえに、自分を守って死んだミツナを「おもちゃ」と断じた母。自分の人生を、再び「管理物」としてしか見ていない狂信。
「……シオン。お前はさっき、あの人にとって俺以外の人間は石ころだと言ったな」
牢の中で項垂れるシオンに、ルーニーは冷徹な、だが確固たる意志を持った瞳を向けた。
「あの人は、愛し方を間違えている。……俺がラインハルトのままなら、一生あの人の腕の中で震えていただろう。だが、今の俺は『狂王ルーニー』だ」
ルーニーは手紙を握りつぶし、境界の向こう、霧に包まれた王国の空を睨み据えた。
「教育が必要だな。……アイリス、エヴァ、テイラー! その肉を食いたければ食え! ただし、食った分だけ筋肉に変えろ。その体で、王国の喉元まで攻め上がるぞ」
「「「えええっ!? 攻め上がるって、王国にですか!?」」」
「ああ。エレオノーラ様……いや、母上に教えなきゃならない。『息子はもう、貴方の指人形じゃない』ということをな。……俺が、あの人をしつけ直してやる」
史上最大の「親孝行(という名の矯正)」が、ここから始まる。




