第1部 第8話 焦熱の森、親子の決別
「逃がすな! どこだ! どこに隠れた、悪魔め!」
黒金の塔を焼き払ったエドワード辺境伯は、もはや正気ではなかった。
闇に紛れて消えた息子・ラインハルトの影を追い、抜身の剣を振り回して森の奥へと突き進む。主の異様な殺気に気圧され、冷静さを欠いた兵士たちも、雪崩を打ってその後を追った。
しかし、それこそがラインハルトの描いた**「死の台本」**だった。
「……愚かな。怒りは目を曇らせ、恐怖は足を誤らせる」
森の出口、高台に立つラインハルトの瞳には、感情の欠片もなかった。
隣には、冷徹に主の命を待つシオン、そして生き残った数人の子供たちが控えている。
彼らは事前に、この森の風向き、下草の乾き具合、そして逃げ道のすべてを計算し尽くしていた。
「放て」
ラインハルトの短い合図とともに、シオンたちが用意していた発火装置――魔力と油脂を練り込んだ「火種」が、森の各所に投げ込まれた。
次の瞬間、夜の森は爆発的な勢いで「火の海」へと化した。
乾燥した大気が火を呼び、逃げ場を失った熱風がエドワードの兵たちを包み込む。
「な、なんだこれは!? 森が……燃えているのか!?」
「退け! 引き返せ! 戻る道がないぞ!」
阿鼻叫喚の声が森に響き渡る。
地形を熟知していたラインハルトたちは、火の手が回る直前に「隠し道」を通り、いち早く森の外へと脱出していた。
燃え盛る炎の壁の向こう側。
煙に巻かれ、絶望に顔を歪める父エドワードの姿を、ラインハルトは冷たく見下ろした。
「父上。あなたは私を『忌み子』と呼び、私の義を拒んだ。ならば、その報いを受けなさい。この炎は、あなたが放った火矢の返り火です」
エドワードは、炎の中に立つ息子の姿に、真の「魔王」を見た。
「あ、ああ……。私は、とんでもないものを育ててしまった……」
それが、辺境を統べる主としての、最期の言葉となった。
ラインハルトは背を向け、燃える森を後にした。
「……行こう。ここはもう、我々の居場所ではない」
ミツナという光を失い、父という絆を断ち切った少年。
その背中には、もはや「子供」の幼さは微塵もなかった。




