第5部 第12話 折れた誇りと、混迷の祈り
地下の「再教育房」――。
石壁に囲まれ、魔石の灯りが揺れる静かな部屋で、鎖を解かれた三人は身を寄せ合っていた。ルーニーが「監獄」と呼んだその場所は、意外にも清潔で、隙間風も不思議と遮断されていたが、彼女たちの心はそれ以上に冷え切っていた。
「……ルーニー、変わったわね。いえ、変わり果てたというべきかしら」
沈黙を破ったのは、第一王女アイリスだった。
かつて自分たちに完璧な礼儀と戦術を教え、優雅に微笑んでいた神童の姿はどこにもない。そこには、魔境の王として君臨する、野生の瞳を持った怪物がいた。
「アイリス様……。あの頃の、優しいルーニー様には……もう戻れないのでしょうか」
伯爵令嬢エヴァが、膝を抱えて小さく呟く。だが、アイリスはその問いに答えることができなかった。
アイリスは、自分がここへ送られた本当の理由を理解している。
王国にとって、もはや自分は娘ではなく、魔境の新国家をなだめるための、安っぽい同盟の供物(厄介払い)でしかなかった。
(私の居場所なんて、もう王国にはない。だから、人質に出されると決まった時、私は少しだけ……ほんの少しだけ、幸せだと思ってしまった。ルーニーのそばに行けるのなら、それでいいと……)
だが、目の当たりにした現実はあまりに過酷だった。
吹き荒れる魔力、異形の魔族たち、そして死の臭い。
(あれから私も、彼に教わった通りに努力した。剣を握り、魔法を練り、誰よりも強くなったつもりだった。けれど、こんな場所では私の努力なんて……子供の遊びにもならない)
目の前で見た、統制された魔族の兵たち。そして、彼らを「キャッハ」と笑いながら従える、14歳の狂王。
(今の私に、何ができるというの? ここで私は、何を糧に、どう努力すればいいの? 彼に『安っぽい』と切り捨てられた私は、もう一度、彼の『駒』にさえなれないのかしら……)
アイリスは、自分の震える手をそっと握りしめた。
かつて「最強の駒」として育てられた彼女たちの誇りは、魔族領の冷たい空気の中で、音を立てて崩れ落ちていた。
その時、重厚な扉の小窓が開く。
「……おい、餌だ。魔族の領地で獲れた、凶悪な魔物の肉だ。食わねえと死ぬぞ」
ゴルザの乱暴な声と共に差し入れられたのは、血が滴るようなイメージとは裏腹に、驚くほど丁寧に調理され、香ばしい匂いを放つ「魔物の肉(実は最高級部位のステーキ)」だった。




