第1部 第7話 「義」の崩壊と「修羅」の目覚め
その夜、静寂は「炎」によって焼き払われた。
「黒金の塔を包囲せよ! 一人残らず焼き殺せ!」
父・エドワード辺境伯の冷酷な号令とともに、無数の火矢が放たれた。
「……父上、なぜだ……。領地のため、家のために尽くした私を、なぜ!」
火に包まれる塔の中で、ラインハルトは絶望の淵に立たされていた。逃げ惑う子供たちの悲鳴。崩れ落ちる石壁。ラインハルトが抱いていた「いつか認められる」という微かな期待は、燃え盛る炎の中で灰へと化した。
「ラインハルト、逃げろ! ここは俺……あたしが食い止める!」
混乱の中、ミツナが叫んだ。フードが脱げ、その中性的な素顔が炎に照らされる。
「生きて……あんたは、生きて世界を変えるんだ!」
ミツナは囮となってエドワードの兵たちの前に躍り出た。だが、多勢に無勢。ラインハルトの目の前で、ミツナの体は無慈悲な刃に貫かれた。
「ミツナァァァーーーッ!!」
ラインハルトの絶叫が塔に響き渡る。その瞬間、彼の左顔面の痣が、まるで生き物のように赤黒い光を放った。
「義」を重んじた大谷吉継の魂が、愛する者を奪われた怒りで「修羅」へと覚醒したのだ。
「……シオン、そこにいるな」
影の中から、冷静沈着な少年、片腕の一人であるシオンが姿を現す。
「はっ。命を」
「『例の作戦』を実行する。……一人も生かして帰すな」
ラインハルトの指示は冷徹だった。
子供たちは訓練通り、黒金の塔の目前に広がる深い森へと消えた。
暗闇の中から現れては消え、一撃を加えては霧に紛れる。
「どこだ! どこにいやがる!」
エドワードの兵士たちは、見えない敵の恐怖にパニックに陥った。森の奥へ誘い込まれた兵士たちは、二度と戻ってくることはなかった。
返り血を浴びたような赤黒い月光の下、森の入り口に立つ息子を見つめ、エドワードは震えた。
(やはり……殺しておかなければならなかった。あれは人間ではない。私を、この領地を、地獄へ引きずり込む魔王だ!)
父の目に宿る「絶対的な恐怖」。
それを見たラインハルトは、冷え切った声で、しかし確かな殺意を込めて呟いた。
「父上……あなたが私を『悪魔』と呼ぶのなら、その期待に応えて差し上げましょう」
塔は焼け落ちた。しかし、そこから這い出したのは、もはや「忌み子」ではない。
異世界を恐怖と知略で塗り替える、真の復讐者が誕生した瞬間だった。




