第5部 第8話 支配者の帰還――絶望を教える「逆さ家紋」
ハクザン公国の特使たちが『白骨の牙城』へ辿り着いた時、彼らを迎えたのは「支配の格」の違いだった。
かつて公国において、王女たちを最強の駒へと教育し、国の中枢すらその手中で自由に転がしていた神童ルーニー。大谷吉継の魂を持つ彼は、あの日、公国が自分にさらなる制裁を加えようと画策した際、彼らに「裁く隙」すら与えず、自ら嘲笑と共に魔族領へと消えた。
「…………」
玉座に座る14歳のルーニー・ハクザン。
3年の野生生活と1年の建国を経て、その肉体は猛々しく成長し、瞳には魔物を喰らい尽くしてきた「野生の光」が宿っている。
「ル、ルーニー様……。公爵閣下は、貴方様を呼び戻し、かつての地位を……」
特使が震えながら言葉を紡ぐ。ルーニーは、暗闇で鈍く光る瞳で彼らを射抜いた。
「地位、だと? 勘違いするな。俺はあの日、お前たちを支配することに飽きたから捨てたんだ。……追加の制裁などというくだらない企みで、この俺を縛れると思ったか?」
ルーニーの低く冷徹な声が、砦の石壁を震わせる。
かつて公国を自由に支配していた彼にとって、公国側の浅ましい策謀など、退屈極まりない「遊び」に過ぎなかった。
「キャッハ……! 公国を捨てて4年。魔族を殺し、地形を奪い、地図を塗り替えるのは実に愉快だったぞ。……今や、俺を殺し損ねたお前たちが、震えながら俺の顔色を伺っている」
ルーニーが指を鳴らす。
瞬間、真田流の軍略で鍛え上げられた隷属兵たちが、音もなく特使たちの喉元を制圧した。
「いいか。帰って伝えろ。俺は公国を『取り戻す』つもりなどない。俺が望むのは、俺が捨てたゴミ箱(公国)が、この逆さ家紋の旗の下で、どれほど醜く燃えるかを見ることだけだ」
ルーニーは、かつての教育者らしい端正な顔に狂気の笑みを浮かべ、宣告した。
「一ヶ月以内に、俺を退屈させないほどの『謝罪の品』を持ってこい。……公国の財、食糧、そしてお前たちのプライドすべてだ。さもなければ、この一万の魔兵を率いて、俺がかつて支配していた庭を、今度は更地にしてやる」
14歳の狂える軍神の威圧感に、特使たちは腰を抜かし、泥を這うように砦を逃げ出した。
それは、かつて自ら世界を投げ捨てた王が、今度はその世界を「蹂躙」するために動き出す、侵攻の狼煙だった。




