第4部 第20話 惜別の刻(とき)――怪物の旅立ち
血の海と化した演習場の騒乱から、わずか数時間。
ハクザン公爵家。その一室で、ルーニーは淡々と荷物をまとめていた。
廊下の外では、被害を受けた貴族たちの怒号と、王家からの騎士団が到着する音が聞こえてくる。死刑か、良くて国外追放。だが、そんな「人間の物差し」は、今のルーニーにはどうでもよかった。
「……追いつけるものなら、追ってみろ。俺が行くのは、お前たちの手が届かない奈落だ」
ルーニーは机に向かい、数通の手紙を残した。
【エレオノーラ、シオンへ】
『身勝手な振る舞い、詫びはしない。俺はこの国には狭すぎた。ハクザン公爵家という檻を壊したこと、それだけが心残りだ。シオン、あとは上手く片付けておけ。エレオノーラ……お前の淹れた茶は、悪くなかった』
【アイリス、エヴァ、テイラーへ】
『お前たちに与えた魔力は、お前たちのものだ。好きに使え。だが、俺を探そうとはするな。俺が向かうのは魔族の領地。……次に会う時、俺がお前たちの敵になっていない保証はない』
書き終えた手紙を並べ、ルーニーは窓から夜の闇へと躍り出た。
追手など、今のルーニーの敵ではない。ただ、彼を慕っていた女たちの絶望を背負い、少年は一人、国境の果て――紫の雲が渦巻く魔族領を目指す。
「キャッハ……。魔族か。前世でもあいつらの首を飛ばすのは楽しかった。……待ってろよ、今度は俺が王として君臨してやる」
暗い森を駆け抜ける10歳の背中は、もはや子供のそれではない。
世界を敵に回した「軍神」の、真の覇道がここから始まる。




