第4部 第18話 蹂躙の果て――軍神の咆哮
演習場は、静寂に包まれていた。
土煙が晴れた後、そこにはAクラスのエリート騎士候補生たちが、一人残らず泥にまみれて転がっていた。
アイリスの放った紫雷が大地を削り、エヴァの影魔法が彼らの動きを封じ、精神を蝕んだ。
わずか数分。10歳の少女二人によって、学院の精鋭たちが完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
「……あ、あは……っ。ルーニー様、見ていただけましたか? 私、あんなに大勢を……っ」
エヴァが返り血を浴びた顔で、恍惚とした表情でルーニーに駆け寄る。
アイリスもまた、自身の荒い息を整えながら、誇らしげに胸を張った。
「……ルーニー。これが、貴方が作り替えた私の力よ。……これで、貴方の隣に……」
二人は、主君からの称賛を疑わなかった。
だが、ルーニーの顔には、微塵も喜びの色はなかった。
「…………」
ルーニーは、転がるエリートたちを、そして跪くアイリスたちを、底冷えするような冷たい瞳で見下ろしていた。
その瞳の奥で、前世の軍神ラインハルトの記憶が、今の「生温い光景」に激しい拒絶反応を起こしていた。
「……つまらん」
ポツリと、ルーニーが呟いた。
「え……?」
アイリスが呆然と声を漏らす。
「つまらん! 面白くない! 面白くないぞ、これのどこが『戦い』だ!」
突然、ルーニーが演習場の中央へと歩き出し、狂ったように叫び始めた。
その声は10歳の少年のものとは思えないほど重く、殺気に満ち、周囲の空気をピリピリと震わせた。
「お前たちが頑張って器を広げたのは認める。……だが、相手がこれか? この程度の『クソ雑魚』を捻り潰して、何が面白い!」
ルーニーは、動けなくなったAクラスの筆頭格、ゼクスの顔を乱暴に踏みつけた。
「……反吐が出る。お前らみたいな、親の七光りでふんぞり返っているだけの腑抜けを見ていると、腹が立つんだよ!」
ルーニーはゼクスを蹴り飛ばすと、演習場にいる全生徒、教官、そして遠巻きに見ていた冒険者たちに向けて、挑発的な笑みを浮かべた。
「――おい、誰でもいい! 俺にかかってこい! Aクラスだろうが、教官だろうが、ベテラン冒険者だろうが関係ねえ! 骨のある奴はいないのか!」
10歳の少年が放つ、圧倒的な守るべきもののない狂気。
アイリスとエヴァは、そのルーニーの姿に、恐怖と、それを遥かに凌駕するほどの狂おしい憧憬を感じていた。
「誰もいないなら、俺が全員、纏めて地獄へ叩き落としてやる! さあ、かかってこい!」
軍神の魂を持つ男が、現世の生温さに痺れを切らし、自ら戦火を求めて咆哮を上げた瞬間だった。




