第1部 第5話 「初陣」という名の学問
「いいか。戦とは、剣を交える前に決まるものだ」
黒金の塔の最上階、ラインハルトは石床に描いた地図の「一点」を指差した。
西の村々を狙う野盗、その数はおよそ百二十。対するは、ミツナ率いる十数人の子供たちだ。
「子供だと思って侮るはずだ。その油断こそが、奴らの墓穴となる」
作戦の第一段階は、「誘引」。
村の入り口で怯える「女子供」を演じ、野盗たちを一人、また一人と隊列から引き離していく。
「なんだ、ガキか。宝のありかを吐け!」
下卑た笑いを浮かべて追ってくる野盗を、子供たちは今まで調べ上げた「道幅」と「地形」を駆使して、迷路のような裏路地、そして深い森へと誘い込んでいく。
第二段階は、「地の利」による各個撃破。
子供たちが数ヶ月かけて調べ上げた森は、彼らにとっては庭も同然だ。
「こっちだよ!」
霧の深い森の中、子供たちの声に導かれるまま踏み込んだ野盗たちは、ラインハルトが授けた「仕掛け罠」の餌食となる。
落とし穴、跳ね上げの槍、そして樹上からの奇襲。
「ぎゃああっ! どこだ、どこにいやがる!」
野盗には軍略などない。仲間が一人、また一人と消えていく異様な状況に、彼らの足並みは乱れ始めた。
「軍略なき者は、未知の事態に直面したとき、容易に『恐怖』に支配される」
ラインハルトの教え通りだった。
第三段階、「崩壊」。
森の奥深くで、倒れゆく仲間の姿を目にした野盗たちの間に、絶望が広がった。
全体の三割――およそ四十人が沈んだその時、戦いの天秤は完全に傾いた。
「化け物だ! この森には化け物が住んでいる!」
何が起きているのか理解できない恐怖が、野盗たちの闘争心を根こそぎ奪い去る。
彼らはもはや略奪者ではなく、ただ逃げ惑う家畜へと成り下がった。
森の影からその様子を冷徹に見つめるミツナは、塔にいるラインハルトの知略に、改めて身震いした。
「……あんたの勝ちだ、ラインハルト。戦は、もう終わってる」
黒金の塔の窓から、ラインハルトは夜の森を静かに見つめていた。
これは初陣ではない。彼にとっては、自らの理論を証明するための、ただの「実践」に過ぎなかった。




