第4部 第10話 毒婦と妄想狂――泥沼の茶会
「……あなのと二人きりで話がしたいの。ヴァレンタイン伯爵令嬢」
放課後の噴水広場。アイリスは、自分を「観察」し続けてくるエヴァを呼び出した。
取り巻きを遠ざけ、背筋を伸ばして立つアイリスの姿は、まさに高潔な王女そのもの。だが、その胸中は「あのおどおどした小娘が、私の秘密に気づいているのではないか」という焦燥で焼き尽くされそうだった。
一方、呼び出されたエヴァは、膝をガクガクと震わせ、分厚い本で顔を半分隠している。
「は、ひぃっ……。アイリス様、私のような陰キャ……いえ、卑しい者に何か……」
「白々しいわね。あなた、昨日からルーニーのことを……それに私のことを、変な目で見ているでしょう」
アイリスが鋭く一歩踏み込む。
だが、その瞬間、エヴァの瞳に宿る「光」が不気味に変わった。
「変な目……? いいえ、とんでもない。私はただ、アイリス様の『あの時』の表情が……ルーニー様に絶望を与えられた瞬間の、あの潤んだ瞳と、微かに震える腰付きが、あまりに『教科書通り』で素晴らしかったので……」
「なっ……!?」
アイリスの顔から血の気が引く。
やはりこの女、気づいている。
「……何を、言っているの。私はただ、魔法で負けただけよ」
「ええ、そうです。魔法で負けて、プライドを折られて……そして、何か『熱いもの』が溢れ出した……。アイリス様、昨日の演習場の土を、私、少しだけ採取しました。……とても不思議な魔力反応(アンモニア臭)がしましたわ」
「貴様ぁ!!」
アイリスは逆上し、杖を抜こうとした。
だが、エヴァは恐れるどころか、頬を赤らめ、陶酔したように語り続ける。
「お怒りにならないで。私……羨ましいんです。ルーニー様に、そこまで徹底的に壊していただけるなんて。……私なら、その瞬間の記録を魔導写真に撮って、一生の家宝にします。……アイリス様は、本当に『選ばれた変態』なのですね」
「誰が変態よ! この……この、むっつりスケベが!」
「スケベ……? 心外です。私はただの『真理の探究者』。……アイリス様のように、負けた後にルーニー様の部屋へコソコソ通うような、情欲に溺れた王女様とは違います」
「コソコソなんてしてないわ! あれは……制服を、洗いに行っただけで……っ!」
口を滑らせたアイリスが、ハッと自分の口を抑える。
エヴァは勝ち誇ったように、眼鏡を光らせ、ニチャリと笑った。
「……洗った。つまり、汚したのですね。確定です。……あは、ああああ! 素晴らしい! 私の妄想は現実を超えました!」
「待ちなさい! どこへ行くの!」
「ルーニー様のところへ報告に! 私も一緒に洗ってほしいと……いえ、私がアイリス様の『予備の制服』を準備しておくと、ご提案しに!」
噴水の周りで、ドレスを翻して追いかけっこをする王女と伯爵令嬢。
その様子を、遠くの校舎から双眼鏡で眺めていたルーニーは、深い溜息をついた。
「……テイラー。あいつら、何をしているんだ?」
「……主様。案外、あの二人は『親友』になれるかもしれませんわね。……地獄の底で」




