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第4部 第9話  静かなる暴走――二人目の候補者

アイリスとの魔法試合から数日。

学院内では「ルーニー・ハクザンが王女を負かした」という噂と、それ以上に「王女が彼に心酔しているのではないか」という憶測が飛び交っていた。

当のルーニーは、その喧騒を他所に、図書室の隅でテイラーが持ってきた「許嫁候補リスト」を眺めていた。

「主様。お望みの通り、二人目の候補を選別いたしました。……エヴァ・ヴァレンタイン伯爵令嬢です」

「ヴァレンタイン……。確か、学術に長けた家系だったな」

「ええ。彼女自身、成績は極めて優秀。……ですが、少々、精神の平穏が『独創的』過ぎる嫌いがございます」

テイラーがそう言い終える前に、本棚の影から、一人の少女がひっそりと姿を現した。

緩く編んだ茶髪に、少し伏せ目がちな瞳。おとなしそうな外見で、手には分厚い魔導書を抱えている。彼女こそが、エヴァ・ヴァレンタインだった。

「……あ、あの……ハクザン公爵様。わ、私の家が……その、候補に、……」

蚊の鳴くような声で、エヴァが俯きながら近づいてくる。

アイリスのような華やかさも、エレオノーラのような激情もない。ただの「内気な少女」にしか見えなかった。

だが、ルーニーは彼女の視線が、自分の「手」や「首筋」を舐めるように、異様な熱量を持って観察していることに気づく。

(……なんだ、この視線は。怯えているのとは違う。……品定め、か?)

エヴァの頭の中は、今、爆発せんばかりの妄想で埋め尽くされていた。

(……あああ、本物だ……。腕を斬ったっていうあの冷たい指先。あの指で顎をクイってされたアイリス様、絶対にお漏らししてたわ。間違いない、私の『神の目』がそう言っているもの。次は私かしら? 私、この分厚い本で頭を叩かれるのかしら? それとも、冷たいお茶を頭から……きゃっ、素敵……っ!)

彼女は一言も発していない。ただ、顔を真っ赤にして、鼻息を荒くしながら、ルーニーの足元をじっと見つめている。

「……ヴァレンタイン。私の顔に、何かついているか?」

「ひゃいっ! ……い、いいえ! 何も! むしろ何かつけてください……じゃなくて! 私は、……選ばれたからには、その、精一杯……『観察』させていただきますので!」

エヴァは深々と頭を下げると、脱兎のごとく走り去っていった。

走り去る彼女の背中を見送りながら、ルーニーは珍しく呆然とした。

「……テイラー。彼女、何を考えていたんだ?」

「……主様。世の中には、沈黙の中に地獄を飼っている人種もいるのです。……彼女もまた、別の意味で『アイリス殿下』を脅かす存在になるでしょう」

ルーニーは自分の掌を見つめ、少しだけ嫌な予感を感じた。

プライドの高い王女と、頭の中が変態的な妄想で埋め尽くされた伯爵令嬢。

ハクザン家の「三つの椅子」を巡る椅子取りゲームは、ルーニーの想像を絶する方向へと加速し始めていた。

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