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第4部 第5話  静寂の教育――規律という名の痛み

「……ルーニー! 私のルーニーはどこ!?」

王立魔法学院の、静謐なはずの回廊。そこに響き渡ったのは、公爵夫人エレオノーラの、悲鳴に近い叫びだった。

かつては「社交界の華」と謳われた彼女が、今は見る影もなく、血走った瞳で周囲を睨みつけ、愛息を探して彷徨っている。

「あの子に悪い虫がついたって聞いたわ……! 私だけの、私だけのルーニーなのに!」

騒ぎを聞きつけた生徒や教師たちが、遠巻きにその異様な光景を眺めている。背後で顔を伏せ、無言で立つシオン。彼はこの暴走を止められなかったのではない。主君であるルーニーの「裁定」を仰ぐために、あえて連れてきたのだ。

「……シオン。部屋へ運べ」

氷点下の声。

人だかりを割って現れたルーニーは、感情の消えた瞳でエレオノーラを見据えていた。

「ああっ、ルーニー! 無事だったのね、あの泥棒猫(王女)に――」

「黙れ。……これ以上、私を失望させるな」

その一言で、エレオノーラは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

寮にある、ルーニーの私室。

扉が閉まり、シオンが外で音もなく護衛に就く。密室となった部屋で、ルーニーは一人、執務用の椅子に深く腰掛けた。

「……ルーニー、ごめんなさい。でも、お母様心配で……」

エレオノーラが縋り付こうと膝をつくが、ルーニーはそれを冷たく、一瞥だにしない。

「エレオノーラ。お前は私の『駒』だ。そう言ったはずだ」

「ええ、そうよ。私は貴方のもの。だから……」

「駒が勝手に盤上を降り、あまつさえ私の『王としての威厳』を公衆の面前で汚した。……それは、死に値する重罪だ」

ルーニーの手が、机の上に置いてあった硬い魔導書の背を叩いた。乾いた音が室内に響く。

「……椅子に、伏せろ。躾が必要だ」

「……っ!」

エレオノーラの体が、本能的な恐怖で激しく震えた。だが、ルーニーから放たれる圧倒的な魔圧が、彼女の逃げ道を完全に塞いでいた。彼女は震える足で椅子の前に行き、言われるがまま、座面に上半身を預ける形で身を投げ出した。

ルーニーは立ち上がり、音もなく彼女の背後に立つ。

10歳の少年の手。だが、そこから繰り出されるのは、慈悲など微塵もない「統治」の痛みだった。

――乾いた、鋭い打撃音が室内に連発する。

「……っ! ああぁ! 痛い、痛いわ、ルーニー!」

ルーニーは無言だった。怒りに任せて叩くのではない。

一定の速度、一定の強度。それは、歪んだ歯車を叩いて直す工員のような、無機質な作業に近かった。

「ひ……あぐっ……!」

エレオノーラの叫びが、次第に途切れていく。

激痛、そして何よりも「かつての息子」に、家畜のように扱われているという圧倒的な屈辱。

だが、その屈辱が深まれば深まるほど、彼女の瞳には、抗いがたい熱が宿り始めていた。

「主君」にすべてを支配されているという事実が、壊れた彼女の心に、唯一の安寧を与えてしまう。

「……分かったか。お前は、私の許可なく泣くことも、叫ぶことも、ましてや嫉妬することも許されない。お前は、ただ私に使われるだけの『器』でいろ」

十数回の打撃の後、ルーニーは手を止めた。

エレオノーラは椅子の横に崩れ落ち、肩を激しく上下させながら、涙と恍惚の入り混じった表情でルーニーを見上げた。

「……はい、ルーニー。私は……貴方の道具。貴方が、直してくださるなら……何をされても……」

「……汚らわしいな。テイラーを呼ぶ。身なりを整えて帰れ」

ルーニーは冷たく吐き捨てると、自らの手のひらに残る熱を振り払うように、冷めた紅茶を口にした。

かつての母を「壊れた道具」として扱い、痛みで調教する。

その暗い愉悦を、彼は心の奥底に静かに沈め、次の盤面へと意識を向けた。

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