第3部 第12話 孤高の魔族――穢された義星の記憶
夜会から戻った公爵邸。ルーニーは、影のように控えるシオンを執務室に呼びつけた。
8歳とは思えぬ威厳を纏い、重厚な椅子に深く腰掛けたルーニーは、暗闇の中で冷たく問いかける。
「シオン。……あの男はどうした。魔族ゴルザだ」
シオンの背中が、目に見えて強張った。
かつてラインハルトの好敵手であり、種族を超えてその「義」を認め合っていた豪胆な魔族。
「……ゴルザは、現在孤立しております。魔族領からは『ラインハルトに心酔しすぎた裏切り者』と断じられ、人間側からは『英雄を殺した魔族の残党』として疎まれている。……居場所を失い、各地を転々としているようです」
シオンは苦渋に満ちた表情で、言葉を絞り出す。
ゴルザがハクザン家を去り、野に下ったのには、決定的な理由があった。
「……彼が去ったのは、私の不貞が原因です。ゴルザは、人間でありながら最後まで高潔に死んだラインハルト様を『真の戦士』として敬っていた。その妻であるエレオノーラ様を私が……その、寝取った事実は、彼にとって断じて許しがたい不義理だったようです」
「ははは……面白いな」
ルーニーは、低く、乾いた笑い声を漏らした。
最後まで人間として義を貫き、この国を守って死んだラインハルト。その部下である人間が主君の死後すぐに裏切り、逆に魔族がその裏切りを「亡き友への冒涜」として激怒し、姿を消した。
これほどまでに滑稽で、皮肉な話があるだろうか。
「人間の方がよほど獣に近く、魔族の方がよほど『義』を解していたということか。シオン、お前はやはり、地獄ですら最下層に落ちる器だな」
「……仰る通りです、主よ」
シオンは深く頭を垂れる。ルーニーは、かつての友が自分への「敬意」を守ろうとして居場所を失ったことに、一瞬だけ胸の奥が熱くなるのを感じた。だが、今の彼は「魔王」だ。その疼きさえも、盤面を動かすための駒として計算する。
「ゴルザを探せ。……彼がまだ『ラインハルト』の義を信じているなら、使い道がある。彼を私の、いや、ハクザン家の『外典(番外の武力)』として迎え入れる準備をしろ」
「しかし、彼は今のハクザン家……特に私を憎んでおります。説得は……」
「説得などいらん。私が直接、叩き伏せてやる」
8歳の少年の瞳に、かつての全盛期を凌駕する漆黒の魔力が宿る。
自分を裏切った者には「支配」を。自分を想い続けた者には、もう一度「戦う理由」を。
ルーニー・ハクザンという怪物の進軍に、かつての最強の武力が加わろうとしていた。




