第3部 第7話 義星の再誕――幼き公爵の目覚め
ラインハルトが逝ってから数ヶ月。公爵邸に、待望の産声が響き渡った。
生まれたのは、父の面影を色濃く残す男児。名はルーニー。
かつての陰鬱な空気は一掃され、公爵邸は「英雄の忘れ形見」の誕生という明るい話題で持ちきりとなった。
エレオノーラは、その腕の中にいるのが最愛の夫の魂そのものだとは露ほども疑わず、ただ「愛した人の分身」として、溢れんばかりの愛情を注ぎ続けた。
――そして、3年の月日が流れた。
3歳になったルーニーは、他の子供たちとは明らかに違っていた。
めったに泣かず、その瞳は常に周囲を観察するように鋭く、時に深く沈思黙考する。侍女たちは「さすが英雄の息子様、お気高い」と噂していたが、その内側で、ついに「彼」が目を醒ました。
(……ここは、どこだ。私は……壊死竜と共に、死んだはずでは……)
微睡の中から浮上した意識。
ラインハルトは、自分の手が驚くほど小さく、短くなっていることに驚愕した。視界に入る景色が高い。いや、自分が低いのだ。
(また……生まれ変わったというのか? だが、この部屋は見覚えがある。ここは王都の公爵邸……?)
混乱する彼の元に、一人の女性が柔らかな笑みを湛えて歩み寄ってきた。
数年前よりもどこか凛々しく、しかし慈愛に満ちた、最愛の妻・エレオノーラだった。
「ルーニー、起きたのね。さあ、おいで。今日は良いお天気ですよ」
彼女は自然にルーニー(ラインハルト)を抱き上げ、その頬に優しく口づけをした。
(……っ!?)
ラインハルトの心臓が激しく跳ねた。
今、彼女は何と言った? 「ルーニー」? 私を抱き、あやす彼女の瞳にあるのは、かつての「妻としての愛」ではなく、無垢で深い「母としての愛」だ。
鏡を盗み見れば、そこにはかつての自分に生き写しの、しかし右顔に痣のない、美しい幼児の姿があった。
(……そうか。私は、エレオノーラと……自分自身の子供として、この世に戻ってきたのか!)
前世は大谷吉継。今世はラインハルト・ハクザン。
そして、その次は「ラインハルトの息子」――。
あまりにも奇妙で、皮肉で、しかしこれ以上ないほど温かい「三度目」の人生。
エレオノーラは、腕の中の息子がこれほどまでに複雑な衝撃を受けているとは夢にも思わず、愛おしそうにその髪を撫でる。
「大きくなったら、貴方のお父様のような、義に厚い立派な男になるのですよ」
(……エレオノーラ。君は知らないのだな。君が今抱いているこの『息子』が、君が夜な夜な涙を流して恋い慕っていた、その夫本人だということを……)
ラインハルトは、小さな胸の内に込み上げる言いようのない気恥ずかしさと、彼女を騙しているような申し訳なさ、そして、再び彼女を守れる地位に生まれた喜びを噛み締めていた。
軍神の魂を宿した3歳の公爵。
「父」を失い、復興の途上にあるこの国で、ルーニーとしての彼の新たな戦いが、静かに幕を開けようとしていた。




