第3部 第5話 魂の帰還――絶望の底に宿る光
鉄錆平原から運び込まれた、物言わぬ夫の亡骸。
王都の公爵邸に、エレオノーラの悲鳴が響き渡った。
「嫌……嫌よ! ラインハルト様、目を開けて! 私を置いていかないで!!」
彼女は王女としての矜持も、周囲の目もすべてかなぐり捨てた。冷たくなったラインハルトの胸に顔を埋め、彼の軍装を握りしめて激しく泣き叫ぶ。
ラーゼンやシオンが声をかけることすら躊躇うほど、その姿は凄絶であり、狂気にも似た深い絶望に満ちていた。
だが、エレオノーラが激しく取り乱し、夫の死を拒絶して泣き伏すその時。
彼女の胎内では、すでに「奇跡」が静かに、そして確実に息づいていた。
先ほど吸い込まれた「紅い光」は、エレオノーラの深い悲しみを受け止めるかのように、彼女の腹部で柔らかく、熱を帯びて脈動していたのだ。
それは、肉体を失ったラインハルトの執念が形を変えたもの。
「死んで終わるわけにはいかない」「エレオノーラと、この国を一生守り抜く」という、武士の魂が選んだ究極の転生であった。
「……ラインハルト様、お願い、嘘だと言って……っ」
エレオノーラは激しく咽び泣き、あまりの衝撃に意識を失いかける。
だが、その暗転しそうな意識の淵で、彼女はふと、お腹の奥底から込み上げる不思議な温もりを感じた。
それは、かつてラインハルトが彼女を抱き寄せた時の、あの力強くも優しい体温と同じもの。
激しく乱れていた彼女の動悸が、その温もりに導かれるように、静かに、一定のリズムを取り戻し始める。
「……え……?」
エレオノーラは涙に濡れた顔を上げ、無意識に自分のお腹を両手で包み込んだ。
自分が妊娠していることさえ、この時の彼女はまだ知らない。ましてや、亡くなったはずの夫の魂が、今まさにこの中で「新たな命」として鼓動を始めていることなど。
周囲の家臣たちの目には、ただ夫の死に狂乱する未亡人の姿しか映っていない。
しかし、ラインハルトの亡骸から「痣」が消え去り、エレオノーラの胎内の「光」が強さを増したその瞬間。
義星は死なず。
ただ、次なる輝きのために、愛する者の温もりの中で静かに形を変えたのである。




