第1部 第3話 黒金の塔の私塾
ミツナとの出会いから、数週間が経った。
誰も近づかないはずの「黒金の塔」に、あの性別不明の義賊は、それからも頻繁に姿を現すようになった。
「よお、ラインハルト! 今日は街で面白い噂を聞いたぜ!」
窓の格子を軽々とすり抜け、ミツナは悪戯っぽく笑いながら現れる。
ラインハルトは「来るな」と冷たく突き放し、何度も拒絶した。だが、ミツナはその度に「あんたの顔を見ないと落ち着かないんだよ」と笑って流してしまう。
(正直……嬉しい、と思ってしまっている自分がいる。この温かさは、前世の関ヶ原では得られなかったものだ)
冷徹な仮面の裏側で、ラインハルトの心は確実に解け始めていた。
ある夜、ラインハルトは真剣な眼差しでミツナに向き合った。
「ミツナ、お前に頼みがある。金目の宝はこの塔にはない。だが、もしお前が望むなら、奪われることも錆びることもない『知恵という宝』を授けよう」
「知恵の宝?」
「文字、数理、そして世界を動かす軍略と武術だ。……その代わり、お前には頼みがある。父、エドワード辺境伯の図書室から、歴史書や地政学の本をこっそり持ち出してきてほしい」
ラインハルトは、塔の中にいながら世界の情勢を掴もうとしていた。ミツナは不敵に笑い、「おやすい御用だ!」とその提案に乗った。
それからというもの、塔の夜は一変した。
ミツナが持ち込む古びた書物を囲み、ラインハルトの講義が始まる。次第に、ミツナの呼びかけによって、街の身寄りのない子供たちが一人、また一人と、秘密の入り口を通って塔へ集まるようになった。
「いいか。力なき者が生き残るには、剣よりも先に知恵を持て」
かつての大谷吉継の魂が、幼い子供たちに「義」と「知」を刻み込んでいく。
エドワード辺境伯が「忌み子」として葬り去ろうとした黒金の塔は、いつしか、未来の将星たちを育てる秘密の私塾へと変貌を遂げていた。




