第3部 第2話 義星の戦慄――死地への進軍
王都を後にし、北へと進軍するラインハルトの背後には、ハクザンの精鋭と、彼を慕う近衛騎士ラーゼン率いる混成部隊、計八千の兵が続いていた。
馬上のラインハルトは、北方から吹く風を肌で感じ、胸の奥に澱のように溜まる不気味な違和感に眉をひそめていた。
「……シオン、何かおかしい」
「おかしい、とは? 魔族軍は予定通り、我々の誘引作戦に乗り、平原へと誘い出されていますが……」
「そうだ。乗りすぎている。ザルガスという魔将、残虐だが無能ではないはずだ。これほど容易くこちらの策に嵌まるだろうか」
ラインハルトの脳裏には、前世の記憶がフラッシュバックしていた。
関ヶ原の戦い。あの日、布陣を完璧に整えながらも、目に見えない「裏切り」の気配が戦場を支配していた、あの拭いきれない嫌な予感。
「数三万……。だが、本当の脅威は数ではない。あの雲の切れ目、魔力の揺らぎが尋常ではない。……シオン、ゴルザを呼べ。潜入させている工作員のうち、何人が戻っている?」
「……それが、北の国境付近へ放った十名のうち、誰一人として定時連絡がございません」
シオンの報告に、ラインハルトの瞳に冷徹な覚悟が宿った。
魔族軍は、単なる力押しではなく、こちらの「情報の網」を完全に遮断する何らかの手段、あるいは「隠し札」を持っている。
「これは……策だけで勝てる相手ではないかもしれんな」
ラインハルトは右顔の痣を指でなぞった。
この痣が疼く。まるで、これから対峙する者が、自分の存在そのものを否定する巨大な闇であるかのように。
「ラーゼン、兵たちに伝えろ。……今度の戦、ただの勝利は望むな。死中に活を求める。一歩引けば、この国は終わる。……私も含め、全員が命を捨てる覚悟でなければ、あの闇は払えん」
ラインハルトの言葉に、周囲の将兵たちは戦慄した。
常に冷静沈着、必勝の策を授けてきた主君が、初めて「死」を口にしたのだ。
「……だが、安心しろ。私が先に地獄へ行くことはない。……お前たちの命、すべて私が預かり、勝利という名の岸辺へ送り届けてやる」
ラインハルトは黒金の刀を強く握り直した。
二十歳の公爵、その初陣は、己の全存在を賭けた、想像を絶する死闘へと突入しようとしていた。




