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第2部 第12話  祝宴の影――毒された毒杯

王都は、数日後に控えた「救国の英雄」ラインハルト公爵と、エレオノーラ王女の世紀の結婚式を前に、かつてない祝祭ムードに包まれていた。

街中には花が飾られ、ハクザンから運ばれた銘酒が振る舞われる。だが、主役であるラインハルトの心は、微かな違和感を捉えていた。

「……シオン、ネズミの足音が聞こえないか?」

「……。はい。情報局の報告によれば、王都に潜伏していたフェルディナンド王子の残党が、何者かによって『一掃』されたとのこと。……我々の手ではなく、外部の者の手によってです」

ラインハルトは目を細めた。敵を倒したのは味方ではない。さらに強大で、不気味な「何か」が王都に紛れ込んでいる。

事件は、結婚式の前夜祭として行われた少人数の晩餐会で起きた。

給仕が、エレオノーラとラインハルトの前に、王家秘蔵の黄金の杯を差し出したその時である。

「殿下、その杯を引け!!」

ラインハルトが叫ぶと同時に、鞘に入ったままの刀でエレオノーラの杯を叩き落とした。

床にこぼれたワインが、凄まじい音を立てて大理石を焼き、黒い煙を上げる。

「な、なんだこれは……!? 暗殺か!」

ラーゼンら近衛騎士が即座に抜剣し、周囲を固める。だが、給仕の男はすでにその場で口から黒い血を流して絶命していた。死に際に男が残したのは、王国の言葉ではない、帝国の古語による呪文の痕跡だった。

「……ラインハルト、大丈夫!?」

震えるエレオノーラを背に庇い、ラインハルトは落ちた杯を見つめた。そこには、ワインの熱で浮かび上がった不気味な紋章があった。それは、ラインハルトの右顔にある「痣」の形と、酷似していたのである。

「……これは暗殺ではない。私への『招待状』だ」

ラインハルトの脳裏に、前世の吉継が関ヶ原で感じた「死の予感」とは異なる、この世界独自の、そして自分自身の「出生」に関わる禍々しい因縁がよぎった。

この事件は、単なる反乱軍の生き残りの仕業ではなかった。

海の向こう、帝国。そしてその裏で糸を引く「魔族の真の支配者」が、公爵となったラインハルトを「同類」として呼び覚まそうとしているのだ。

「……ラーゼン、シオン。祝宴は予定通り行え。……だが、今日からこの国は『準戦時体制』に入る」

幸せの絶頂で起きた、血の警告。

ラインハルトは、最愛の妻となるエレオノーラの肩を抱き寄せながら、深く、静かな殺意をその瞳に宿した。

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