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第2部 第3話  高潔なる魂――ハクザンの休日

エレオノーラは、ハクザンの視察を進める中で、自身の常識が音を立てて崩れていくのを感じていた。

目の前のラインハルトは、王都の貴族たちが使うような甘美な世辞は一切口にしない。しかし、彼女の問いに対しては常に淀みなく、「嘘偽りのない真実」だけを武士の如き礼節を以て答えるのだ。

ある日の午後、視察の合間にエレオノーラが目にしたのは、さらに信じがたい光景だった。

都の外郭で進む大規模な開拓地。そこには、17歳の辺境伯本人が、泥にまみれて領民と共にくわを振るい、汗を流す姿があった。

「……ラインハルト卿。貴方は一国の主。そのような卑しい作業、部下に任せればよろしいのでは?」

思わず声をかけたエレオノーラに対し、ラインハルトは顔の汗を拭い、静かに、しかし力強く微笑んだ。

「殿下、土をいじる者に卑しい者などおりませぬ。この土から生まれる穀物が、民の命となり、国の力となる。主が土の温かさを知らねば、真の国造りなどできませぬ」

その振る舞いは、身分の低い人足に対しても等しく紳士的であり、彼らもまたラインハルトを「恐ろしい痣の主」としてではなく、「共に戦う同志」として深い敬意を払っていた。

かつてミツナが願った「誰もが笑える世界」。

ラインハルトは、それをただの理想に留めず、自らの手で形にしようとしていた。

その晩、邸宅の庭園で二人きりになった際、エレオノーラは不覚にも、誰にも打ち明けたことのない「胸の悩み」を漏らしてしまう。

「……王都は、常に誰かが誰かを蹴落とすための罠を張っている場所です。第一王女という私の立場も、ただの『政略の道具』。誰も私の心など見てはくれません。ハクザンの民が羨ましく思えるほどに……」

自嘲気味に笑う彼女に対し、ラインハルトは揶揄することなく、ただ静かに寄り添うように言った。

「道具で終わるか、道具を使いこなす王となるか。……殿下、貴女の瞳には、まだ消えていない強い火が宿っています。私は、その火を信じます」

恐ろしい痣の顔から発せられる、どこまでも慈悲深く、落ち着いた言葉。

エレオノーラは、自分の心に芽生えた、今まで経験したことのない感情に気づく。

それは、恐怖でも警戒でもなく、一人の男性、一人の「武士もののふ」としての彼に対する、猛烈な惹かれであった。

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