第2部 第2話 深紅の王女と、仮面の当主
王都において、ハクザンの若き当主ラインハルトの名は、一種の「都市伝説」と化していた。
「帝国軍を壊滅させた救世主」という称賛の一方で、「顔に呪いを持つ醜悪な怪物」という不気味な噂が、常に付きまとっていたからだ。
ラインハルトが社交界に一切姿を見せず、王都での公務や中央政府との交渉を、隠居した父エドワードにすべて丸投げしていることも、その噂に拍車をかけた。
父エドワードにとって、自分を隠居へ追い込んだ「忌み子」の顔など、二度と見たくもない。彼は王都の別邸で、ラインハルトから送られる潤沢な資金で贅沢に暮らしながら、中央政府には「息子は病弱で、顔を見せられる状態ではない」と虚偽の報告を続けていた。
この親子間の「断絶」こそが、ハクザンの真の発展を隠す絶好の霧となっていたのである。
だが、その霧を強引に晴らそうとする者が現れた。
第一王女、エレオノーラ・ド・ヴァロア。
王家の中でも随一の聡明さと行動力を持つ彼女は、急速に要塞化し、独自の経済圏を築きつつあるハクザンを「王国の脅威」と見なし、自ら視察に乗り出したのだ。
「病弱? 醜悪な怪物? ……自分の目で確かめるまでは、何も信じないわ」
豪華な馬車が、ハクザンの巨大な外郭門を潜る。
エレオノーラは窓の外を見て息を呑んだ。そこには、王都をも凌ぐほど整然と区画整理された街並みと、活気にあふれる民衆、そして見たこともないほど強固な石積みの要塞群が広がっていた。
「……これが、辺境だと? 下手な直轄領よりも豊かではないか」
ついに、辺境伯邸の広間で、エレオノーラはラインハルトと対面する。
彼女の前に座る青年は、高価な衣装に身を包むこともなく、実戦的な軍装のまま静かに座していた。
「辺境伯領へようこそ、エレオノーラ王女殿下」
その声は、噂に聞く「怪物」のそれではなく、深く、落ち着いた知性を感じさせるものだった。
ラインハルトがゆっくりと顔を上げ、フードを外す。
「……っ!?」
エレオノーラは、思わず椅子から立ち上がりそうになった。
その顔の右半分を覆う、鮮血のような赤い痣。
しかし、彼女が驚いたのは、その痣の醜さではなかった。
痣を隠そうともせず、むしろそれを自らの血肉として受け入れている青年の、射貫くような瞳の鋭さと、そこから溢れ出す圧倒的な「王の覇気」に、恐怖すら覚えたのだ。
(これが……父上が『気持ち悪い』と切り捨てた男なの? まるで、百戦錬磨の老将が若者の皮を被っているような……)
「私の顔に、何か不都合でも?」
ラインハルトの冷淡な問いに、エレオノーラは初めて「手強い相手」と対峙していることを悟った。




